永平家訓・上

永平家訓
永平家訓
永平家訓・題
永平家訓・題
永平家訓・題
永平家訓・題

永平家訓

 

永平家訓

 

家訓八章揀得親

祖翁面目一回新流

通六十餘州處利益

兒孫有曷垠

 時

元文四年星舎巳未

灌佛會日

勅賜圓満覺性禪師現

住越前國永平禪寺

沙門禪義晃和南書

 印 印

(大本山永平寺四十一世 勅賜圓満覺性禅師・義晃雄禪大和尚)

 


輯永平家訓序

 

祖偈を按に云く、西來の祖道我れ東に傳う、月に釣り雲に耕し、古風を慕うと。

謂ん所は、祖道古風は即ち是れ西天東地、嫡嫡相承の面授面稟にして、祖師心に證し、身に行い、口を説て、諸を兒孫に貽め、之を證し、之を修し、之を説て以て祖道を光揚し、古風を聯續せしめ、永く地に墜らざらしめんと欲す也。

是の故に諄諄たる家訓、簡編、套を成す。

泥曰以來、四百八十餘禩、法身舎利、光彩燦爛として天下の衲僧の眼睛を奪えり。

然れども世、衰へ、道、微にして、兒孫と稱する者も亦た修證自ら緩く、多く、時風の為に移さ見て、終に家訓の森厳を守らざるに至る也。

憾むべきに非んや乎。

覃て今日に到りては則、胸を搥て痛哭す可き者の、實に少なからず矣。

或は僧雛の経咒、尚を未だ諳熟せず、法中の菽麥、未だ毫も瓣白せざる者を教う。

謂う斯の話頭を提撕して、速く悟れ。

一び悟を得こと有るは、則ち佛戒、施す所無し。

何の菩提心と云うことか之れ有んと。

雖使(たとひ)生質淳直なる者も、一に其の教へに順しめ、波波として曰を積む。

忽然激發するの間、亂心狂気して一生を誤る者の、十が之れ七八。

其の黨(なかま)之を大悟と謂ふ間に狂亂せざる有るも、亦た佛法の通局、如何んと云うことを知らず。

但だ長する所の者は、人を陵き、己を逞する。

我慢貢高のみ。其の内秘寚執する所を點檢すれば、則ち尚を二乘外道の活計に劣れり。

其の過(とが)専ら祖門に薙染すと雖も亦、委く家訓を參尋ことを知らざるに在る也。

或は謂ふ、達磨は唯だ禪を傳て宗と為す、其の餘の法門は與らず焉。

經教は皆な是れ他師の所傳なりと。

嗚呼、摩訶迦葉は是れ付法藏の第一祖、達磨は是れ付法藏の第二十八祖、則ち一代時教、悉く其の掌握に歸すと云うことを知らず。

而して此の邪僻に随する者は皆な家訓に暗昧たるの致たす所なり。

或は謂ふ、一び悟を得こと有れば則ち第二世無し。

將た何の處に生なるか。

其の善悪業の果報を受けんやと。

或は謂ふ何の修證と云うか之れ有ん。

茶に値ては茶を喫し、飯に値ては飯を喫すと。

夫れ因果と修證とは菩提心の經緯。

譬へは水火の人に於るか、之れ須臾も無きはある可ざるが如し。

之れを撥無するは則ち三世佛の命根を喪す。

而を反て此の旨に聾瞽たる者は亦た家訓に孝順せざるの謬なり。

或は謂ふ達磨門下は自證自悟、纔に設示を聞くは皆な知解に随すと。

此の見を執する者の聖教を擯棄しめ參問を事とせず。

是の故に其の自悟と稱するの悟解、皆な是れ凡愚の妄計、業識の變弄、自ら邪見に随せざらんと欲るも得べけんや。

而を反て魚目を珠認する者は亦た家訓に背くの之れ過ち也。

或は謂ふ話頭を提撕する是れ本色の修行、此の外か別の用心無し。

唯だ大疑大悟、小疑小悟、乃ち坐禪の通訓と案するに、此れ晩宋より始て元明に流傳するの異計、未だ曽て四七二三の間に聞かず。

我が祖の正傳、彼と天別なり。

今ま兒孫と稱する者、渾然として分たず、之れ其の脈を纉承して祖に代て化を擧と謂ふべけんや。

皆な是れ家訓を參熟せざるの罪也。

故に今、祖師、孫謀の為にする要訓八章を采摭して、以て證に應しめ劑を施す。

只だ雲仍病ひ有る者の一び瞑昡せんことを冀ふのみ。

夫れ菩提心を發して菩薩戒を受けざれば則ち三世諸佛入佛道の基本に背く。

可ぞ外道に異ならん。

固に虚參浪悟の知る所にあらず。

是の故に第一に發心出家の訓を擧す。

縦ひ法中に入こと有るも、亦た徒に名相を事として正法眼藏、涅槃妙心の由て來る所を知らず。

則ち算沙と異ならず。

却て聖教を擯棄すれば則ち外道の陷穽に投墜す。

其の過たること及ばざると。

恰も溺水と投火との如し。

是の故に第二に佛祖正宗の訓を擧す。

或は、教外別傳、不立文字を妄解して因果無く、修證無しと謂て、

先徳を誣謾し後學を欺誤する者の有り。

宜く祖鏡を懸て以て妍媸を照すべし。

是の故に第三、第四に諦信因果の訓、通達修證の訓を擧す。

或は佛經祖論に旨ひて自ら業識の妄計、邪見の大本を以て、

却て之を眞正の見解と寶認する者は、宜く自ら慚愧すべし。

是の故に第五に擧揀瓣邪見の訓を擧す。

看話の異計に依らず。

素より六年端坐の佛風、九年面壁の祖範有りて、是を佛祖の要機と名す。

即ち須く參得すべき。

之れ正法眼藏、涅槃妙心なり。

是の故に第六に正傳三昧の訓を擧し、第七の訓は祖師出格の機用、第八の訓は祖師、孝順父母師僧三寶に孝順するの大意なり。

其の餘の細密、枚擧に遑せず。

右の件の家訓、皆な之を本録の中より抜く。

然るに同社の中にも亦た専ら文辭を事とする者は、或は語句の巧拙を議す。

是れ道徳に意、無くして、徒に言句を嗜むに由てなり。

國朝の文章、古今、巨儒と稱する者も、亦た未だ布字の顚倒を免れざる者有り。

況や佛家、専ら其の事を要ずをや乎。

然れども道理に害無く、化導に利有れば、則ち皆な是れ法寚なり。

實に尊重すべし。

古に云く、言と苟も事に適し、精麁、施すべし。

或は云く道徳を務ことを知らず。

文辭を以て能と為す者は藝らくのみと。

在俗、既に爾り。

法中、言の巧ならざるを以て、無上乘を蔑にすべからず。

況や如來の説法、皆な蘓漫多に依るは、則ち唯だ眞誥實語、以て諦信すべきのみ。

余、發心以來、祖師を羮牆にすること、三十餘年、竊に今時雲仍の競う所を察す。

但だ他泒の磊苴麁暴を模擬して、祖風の純密に違背する者、勝て算ふべからず。

芙蓉楷祖の謂ふ所は拈槌堅拂、東喝西棒、眉を張り、目を努り、癇病の發するが如し。

相似と云う者、比比、皆な爾り。

嗚呼、吾が祖師正傳の旨に至ては、則ち決して此の如くならず。

是の故に余、自ら揣せず謹て此の訓を集て、聊か同志に告ぐ。

唯だ冀くは祖風を悠久に墜せざらんことを。

 維時

元文三年星舎戌午仲秋二十八日

 永平正宗二十九葉住若州建康山

 空印禪寺杜多面山叟瑞方自題

  印 印

 

 

【泥曰】ここでは道元禅師の涅槃の日を指す、建長5年(1253)8月28日。

※ 元文三年(1738年)

 


 

永平家訓綱要目録

 

 第一發心出家訓

 第二佛祖正宗訓

 第三諦信因果訓

 第四通達修證訓

 第五揀瓣邪見訓

 第六正傳三昧訓

 第七格外玄旨訓

 第八知恩報恩訓

 

目録尾

 


永平祖師家訓綱要 巻上

 遠孫 瑞方 謹輯

 

第一發心出家訓

 

(一)【1】

永平祖師曰く、小参の大概は家訓の宣揚なり。

然れども三千威儀の晋退に拘わらず、八萬細行の荒唐を論ぜず。

是れ則ち七佛の蒲団禪板、諸祖の命根濫觴なり。

所以に四禪八定、其れ境界にあらず、三賢十聖、豈に敢て商量せんや。

常日打坐して身心脱落す。

胡漢亂笑一場を顧みず。

寸陰、虚く度すること莫れ。

尋常、時光を惜しむ。

若し箇中の正偏を問はば、太尊貴露堂堂。

正當恁麼の時作麼生。

大衆還て躰悉せんと要すや。

良久して云く、明明徧界曾て藏せず。

毘盧を坐断して未だ當るべからず。

飲水の鵞、能く淳味を取る。

採花蜂、餘香を損せず。

 

※「永平廣録八巻九丁」解夏の小参に曰く・・・ (永平廣録注解全書下43~44頁)

 

(二)【2】

曰く九旬無為、一衆安穩。

佛祖の護持の為すと雖も、宛か是れ大衆の慶幸なり。

永平、今夜例に依て小参す。

小参と言ふは家訓なり。

家訓多しと雖も是に一二を擧す。

謂く先代の佛祖は皆な是れ道心の士なり。

若し道心無くば、萬行虚設す。

然れば則ち参学の雲水、先ず須く菩提心を発すべし。

発菩提心は乃ち度衆生心なり。

先ず須く道心有るべし。

次に須く慕古を具すべし。

後は須く實を求め、此れ是の三種、初心晩學の所學。

永平が家訓只だ是れ斯の如し。

記得す世尊昔因に自恣の日、文殊三處に過夏す。

迦葉、文殊を擯出せんと欲して纔に椎に近ば、乃ち百千萬億の文殊を見る。

迦葉其の神力を盡せども、椎、擧すること能わず。

世尊遂に迦葉に問う、汝那箇の文殊をか擯す。

迦葉無對。

大衆這の一段の因縁を参究せんと要すや。

先ず直に須く深く、安居過夏は佛祖家裡の一大事因縁なることを信すべし。

容易なるべからず。

且く道へ迦葉當初、文殊を擯了すや。

未だ文殊を擯せずや。

若し文殊を擯了すと道はば、其の神力を盡せども椎、擧すること能わず。

又、作麼生、若し未だ文殊を擯せざると道はば、令を盡して行ず。

労して功、無かるべからず。

大衆須く知るべし。

迦葉若し、聲聞縁覺初心晩學及び一聖三賢等を擯せんと欲せば、迦葉必定して椎を擧せん。

今、百千萬億の文殊を擯と欲す。

迦葉、擧すること能わざる椎を用ふ。

甚が為か、斯の如くなば道ことを見ずや。

千釣の弩は鼷鼠の為に發せず。

萬斛の船、豈に牛轍に於て行かんや。

然るも是の如しと謂えども這箇邊の事に渉らず。

還て向上の道處有りや。

良久して、曰く、太平の王業冶に象無く、野老の家風、至淳なるに似たり。

祗管に村歌並に社飲、爭か舜徳及び堯仁を知らん。

 

※「永平廣録八巻十四丁」解夏の小参に曰く・・・ (永平廣録注解全書下73~75頁)

 

(三)【3】

曰く、夫れ小参は佛佛祖祖の家訓なり。

我が日本國前代未だ嘗て其の名字を聞かず。

何に況んや行はんや。

永平始めて之を傳て以来、已に二十年を経る。

國の運なり。

人の幸なり。

所以者は何ん。

祖師西来して佛法、震旦に入が故なり。

謂う所は家訓は佛祖の行履にあらざるは、履せず。

佛祖の法服にあらざるは、服せず。

行履と謂うは名利早く抛ち来り、吾我、永く捨去りて國王大臣に近づかず、檀那施主を貪らず、生を軽して山谷に隠居し、法を重して叢林を離れず。

尺璧を賓とせず、寸陰、是れ惜しみ、萬事を顧みず純一に道を辨するなり。

此れ乃ち佛祖の嫡孫、人天の導師なり。

誠に夫れ一に菩提心を発し、善知識に参学すれば、則ち三阿僧祇劫の大兆なり。

大衆、三阿僧祇劫を見んと欲すや。

拂子を以て一圓相を打し了て、便道く諸人、這箇を喚んて什麼とか作し、這箇を喚んて圓相と作し得てんや。

這箇を喚んて方相と作し得てんや。

這箇を喚んて本有と作し得てんや。

這箇を喚んて今有と作し得てんや。

這箇を喚んて時移り年改め春秋冬夏と作し得てんや。

這箇を喚んて堅窮三世横亘十方と作し得てんや。

若し喚んて従来と作は皆な不是了なり。

便ち外道の邪見に随し去れり。

所以に三阿僧祇劫の功徳は人天数量の測る所にあらず。

甚と為めか斯の如し。

且く今夜臘月三十日、明日大新年頭の如き、明日を喚て臘月三十日と作は即ち不可なり。

今夜を喚て大新年頭と作は即ち不可なり。

既に臘月を喚て新年と作すこと得れば、則ち知ぬ新歳、真に来ざることを。

新年を喚て臘月と作すこと得ざるは、則ち知ぬ舊歳、實去らざることを。

舊歳既に去らず、新歳又来らず。

来去交参せず。

新舊、對待を絶す。

所以に、僧、石門に問う、年窮歳盡の時如何。

石門曰く東村の王老、夜、銭を焼く。

後に僧、開先に問う、年窮歳盡の時如何。

開先曰く、舊に依て孟春猶を寒からん。

今夜、僧有て永平に年窮歳盡の時如何と問わば、秖だ他に向て道ん、前村深雪の裡、昨夜一枝開く。

 

※「永平廣録八巻七丁」除夜の小参に曰く・・・ (永平廣録注解全書下36~37頁)

 

(四)【4】

曰く、一切衆生輪回生死の際、南洲の身を受ること、㝡(最)も難く㝡(最)も稀れなり。

如来一日、土を撮て指甲の上に置て、衆會に示して言く、三千大千世界の土多きか、我が指甲に上多きか。

時に於て、阿難、佛に曰く、三千大千世界の土多こと、如来の指甲上の土に比すべからず。

世尊告げて言う、南洲の人身を受る者、指甲上の土の如く、南洲の人身を受けざるは、三千大千世界の土の如し。

生れて佛法に値うも亦此れよりも稀なりと。

大衆既に受け難きの人身を受け、値い難きの佛法に値う。

須く頭燃を救いて辨道すべし。

記得す、馬鳴尊者、富那夜奢尊者に問う、我、佛を識んと欲す、何者か即是なる。

奢曰く、汝、佛を識んと欲すは識らざる者の是なり。

鳴曰く、既に佛を識らずして是なることを知らんや。

奢曰く、既に既に佛を識らずして不是なることを知らん。

鳴曰く、此れは是れ鋸の義。

奢曰く、彼は是れ木の義。

奢問うて曰く、鋸の義とは何ぞ。

鳴曰く、師と平出す。

鳴曰く、木の義とは何ぞ。

奢曰く、汝、我に解せ被る。

鳴、豁然として省悟す。

忽に人有り。

永平に鋸の義とは何ぞと問はば、他に向て道ん、天地懸隔。

木義とは何ぞ、他に向て道ん、毫釐、差有りと。

 

※「永平廣録七巻三十丁」上堂一切衆生輪回・・・ (永平廣録注解全書中523~524頁)

 

(五)【5】

曰く、二十五有に流転するの際、最も得難き事有り。

謂く生て佛法に値う。

既に佛法に遇うも菩提心を発すこと、亦最も難し。

既に菩提心を発すも親を捨て出家すること亦最も得難し。

既に親を捨て出家することを得ても、又、六親を引導して佛道に入れること亦最も難し。

諸佛成道の後、五事を行ずる内、父母の為に説法して佛道に入ら令る、其の一なり。

是れ父母六親と雖も、若し其の子、比丘・比丘尼・沙門を教え、家に還り俗に還らしめ、又、佛道を障るの因縁を教うるは、當に知るべし、是れ悪父母なり。

順すべかざず。

若し出家修道の因縁を教ふる者は、當に知るべし、是れ菩薩父母なり。

曹谿高祖、昔し盧行者、為りしの時、曽て貧母を辭して黄梅に参せんと欲す。

僅かに母に四十両銀を給して、以て其の衣粮に充つ。

誠に是れ最も辭し難き事なり。

先後の肩を齊ふする無きが、遂に則ち黄梅に参じて、八箇月の昼夜を経て、眠らず休まず米を舂いて衆に供す。

大なるかな、曽て八十生の善知識の為に、恭も三十三代の祖師の為にす。

果して俗人の頂冠なりと雖も、如来の佛衣を傳へ得る。

西天東地、比類を得ること少なり。

未だ嘗て聞くこと得ず。

儀鳳元年正月八日、南海の法性寺に届て、夜、廊廡間に寓す。

二僧、風幡を競瓣す。

祖、為に、其の疑を決す。

法師印宗なる者の有り。

嘗て大涅槃経を講す。

衆の推服する所。

其の語の異なるに服して、請問謹渠す。

祖、理を以て之れを暁す。

宗駭として起きて問う。

何を以て此を證す。

祖、直に得法の始末を叙て、信衣を出して、悉く瞻拝せ令む。

印宗等、禮を作し、已て復問う。

忍大師の附囑、如何が指授す。

曰く、唯、佛性を論じて、禅定解脱を論ぜず。

無漏無為なり。

又、問う、何の故ぞ、禅定解脱を論ぜず。

曰く、是れ二法の為なり。

是れ佛法にあらず。

佛法は是れ不二の法。

又、問う、何にをか不二の法と名る。

曰く、法師の講する涅槃経に、佛性を明す。

是れ不二の法と、且つ高貴徳王菩薩の如し。

佛に曰して言く、世尊、四重禁を犯し、五逆罪を作す。

及び、一闡提等、當に善根佛性を斷すや否や。

佛言く、高貴徳王菩薩、善根に二有り。

一は、常、二は無常。

佛性は常に非ず、無常に非ず。

是れ故に斷ぜず、之れ不二と名す。

一は善、二は不善。

佛性の善、不善にあらず。

是の故に、不斷。

之れを不二と名す。

薀と界と凡夫は二と見る。

智者は其の性、無二と了達す。

無二の性、即ち是れ實性。

故に知りぬ、乃ち佛性は不二の法なり。

印宗、聞き已て、起立合掌して事へて師と為すこと願う。

且つ衆に告げて曰く、此の居士は肉身の菩薩なり。

我が講説する所は猶を瓦礫の如く、彼の談論する所は譬は精金の若し。

諸人、信ずや否やと。

衆、皆な稽首して帰依す。

十五日に至り、諸名徳を會して、之れが為に剃落す。

二月八日、満分戒を受く、知光律師にて。

師云く、曹谿印宗、師資講誦、既に能く是の如し。

如来世尊、高貴徳王の所説所聞、已に是の如く得。

今朝、永平、雲水の衆の為に、重ねて之れを説かんと欲す。

良久して、曰く、向上の關棙を打開して、佛性、何の不二に関らん。

諸法、本と無自性。

時人、亂に橘枳を言う。

 

※「永平廣録六巻七丁」上堂流転二十五有之際・・・ (永平廣録注解全書中396~398頁)

 

(六)【6】

曰く、無上菩提の者、自の為にあらず、他の為にあらず、名の為にあらず、利の為にあらず。

然れども一向に無上菩提を専求して、精進不退なる。

是れを発菩提心と名く。

既に此の心、現前するを得ては、尚、菩提の為に菩提を求めず。

此れ是れ眞實の菩提心なり。

如し此の心無くは豈に學道と為せんや。

當山の兄弟、一向に菩提心を専求して、懈廢に應ぜず。

如し、未だ菩提心を得ざる者は、須く先代の佛佛祖祖に祈願すべし。

又、須く修する所の善業を以て、菩提心に回向して、願求すべし。

記得す、僧、趙州に問う、萬法、一に歸す、一、何の處にか歸す。

州云く、我れ青州に在て、一領の布衫を作し、重ねること七斤と。

趙州古佛、曽て恁麼に道う、或いは永平に萬法一に歸す、一何處にか歸すと問はば、即便ち曰はん、向上に歸す。

若し甚と為めか恁麼に道ふと曰はば、曰ん、我れ裏許に在て十萬億佛を供養すと。

 

※「永平廣録五巻九丁」上堂無上菩提者非為自・・・ (永平廣録注解全書中239頁)

 

(七)【7】

曰く、夫れ學道は道心を先と為す。參玄の高士、頭を當山に聚む。

山遠く谷深くして、至ること容易ならず。

海に航して来たり、山に梯して到る。

道心を履に非んば到ること難きの田地なり。

米白の由来、糟糠、先ず去る。

箇の孤絶の境、好辨道の所在なり。

但だ恨む主人、元と相待に少なきことを。

然も是れ如きと雖も、溪は乃ち昼聲夜聲。

便宜に運水に落つ、

山は又、春色秋色、便宜を搬柴に得たり。

且つ希は雲水、道を以て念と為ことを。

記得す、僧、首山に問う、一切諸佛は皆な此の経従り出つ。

如何が是れ此の経。

山曰く、低聲低聲。

僧曰く、如何が受持せん。

山曰く、切に染汚を得ざると。

或いは、永平に如何が是れ此の経と問う有らば、祗、他に對して道ん。

若し、喚て此の経と作すは、眉鬚堕落せん。

如何が受持せん。

曰く、夜間、背手に枕子を模す。

 

※「永平廣録三巻六丁」上堂夫學道者道心為先・・・ (永平廣録注解全書上461~462頁)

 

(八)【8】

曰く、黄龍普覺禪師上堂に曰く、三祖曰く、圓なること太虚に同じ。

欠も無く、餘も無し。

良に取捨に由、所以に不如と。

諸佛に在て、増せず、凡夫の處は滅せず。

既に不増不滅。

什麼と為か、無上菩提を證する有り。

什麼と為か、生死に堕在する有り。

只だ良に取捨に由、所以に不如なるが為なり。

諸佛は無心の故に無上道を證し、凡夫は有心の故に生死に堕在す。

所以に教中に道く、夢幻空花、水中の月の如し。

生死涅槃、空花の相に同じと。

此に於て見得せば、畢鉢巖前、話會を休す。

曹谿路上好商量。

拂子を以て禪床を撃て下座。

今日永平、黄龍の頭角を奪い、黄龍の髻珠を戴き、雲と為し、雷と為し、雲水に布す。

大衆、還て這箇の道理を委悉せんと要すや。

圓同太虚、無欠無餘。

所以に諸佛、無上道を證す。

圓同太虚、無欠無餘。

所以に凡夫、生死に堕在す。

又、什麼の為か、取捨を免れ得て、不如を脱落せん。

這箇の道理を知らんと要すや。

㝡後有の菩薩は必ず、金剛座に坐す。

初発心の菩薩は必ず、菩提心を発す。

此に於て、見得せば圓同太虚、無欠無餘。

 

※「永平廣録六巻二十七丁」上堂黄龍普覺禪師上堂・・・ (永平廣録注解全書中500頁)


第二佛祖正宗訓

 

(一)【9】

祖師

曰く、佛法の參學、容易なることを得ず。

後漢の永平に名相、纔に聞へ、梁代普通に祖師西来す。

祖師西来に非ず自りは、総て未だ法の實歸を知らず。

何に況んや、能く佛向上の事を知らんや。

玄と談し、妙と説くも、未だ是れならず。

心と説き、性と説くも、未だ是れならず。

若し玄妙を放て、所住の處無く、若し心性を遣は所繫の處無し。

是れ但だ聲色裡に向て、活計を求に由る而已(のみ)。

既に玄妙心性を除くは、是の時聲色、但だ無主なり。

甚と為か、恁麼なる。

良久して、云く、麁心是れ失い、細膽是れ得。

 

※「永平廣録一巻二十八丁」上堂曰佛法參學不得容易・・・ (永平廣録注解全書上190~191頁)

 

(二)【10】

曰く、佛法二度、震旦に入る。

一は跋陀婆羅

(方謂く、此の名、當に佛駄跋陀羅と作すべし。飜して覺賢と云う。梁の高僧傳巻の二に出。祖師今、碧岩の評に依る。評素と誤れり。)

菩薩傳来して瓦官寺に在て秦朝の肇法師に傳う。

一は嵩山の高祖菩提達磨尊者、少林寺に在て齊國の恵可に傳う。

肇法師の傳、今既に断絶す。

可大師の稟授、九州に弘る。

我が黨、宿殖般若の種子に酬て、殊勝㝡(最)上の單傳に値て修習することを得たり。

當に頭燃を救て精進すべし。

佛言く、二人の罪人有り。

謂く一人は三千大千世界の衆生を殺す。

一人は大智慧を得て、坐禪の人を罵謗す。

二人の罪、何に者か是れ重き。

佛言く、坐禪の人を毀謗するは猶を三千大千世界の衆生を殺す者に勝れりと。

測り知ぬ、坐禪の其の功徳、㝡勝甚深なること、乃ち云く、在單多劫參禪の客、還て見る一條拄杖の烏ことを。

正當恁麼の時、更に脱落底の道理有りや、無きや。

良久して曰く、将に謂へり胡鬚赤と。

更に赤鬚胡有り。

 

※「永平廣録七巻七丁」上堂佛法二度入震旦・・・ (永平廣録注解全書中527~258頁)

 

(三)【11】

曰く、參學の人、須く邪正を知るべし。

謂所は優波毱多、已後、五部の佛法と稱す。

乃ち、西天の陵朁なり

青原南嶽、已後、五家の宗風を檀にす。

乃ち、東地の訛謬なり。

況んや佛法と呼ぶをや。

禪宗と稱す古佛嚢祖の代。

未だ嘗て見聞を得ず。

未だ嘗て有在を得ず。

今禪宗と稱す。

實に佛法にあらず。

佛法、豈に禪宗と稱する者ならんや。

若し佛法を稱して禪宗と為すは、舌、盍ぞ堕落せざらん。

初心晩學、知ずんばある可からず。

測り知ぬ、禪宗と號するの學人は釋尊の遺弟にあらず。

記得す、僧、雲門に問う、承る古へ言うこと有り、牛頭横説竪説、未だ向上の關棙子を、有ることを知らず。

如何が是れ向上の關棙子。

門曰く、東山西嶺、青しと。

或いは永平に、如何が是れ向上の關棙子と問うこと有れば、秪、他に對して道ん、帝釋の鼻孔長きこと三尺。

 

※「永平廣録三巻八丁」上堂曰參學人須知邪正・・・ (永平廣録注解全書上475頁)

 

 

(四)【12】

曰く、流転生死の中、如来の出世に遇うは、最も第一の果報なり。

如来在世に遇はずと雖も、正法に遇うことを得ば、其の次なり。

正法に遇はずと雖も、像法に遇うことを得ば、其の次なり。

正法像法に値ずと雖も、猶を生て佛法未滅の末法に値は、是れ則ち世の優曇花、人の芬陁利花、輪王に比ず、北洲に比ず。

既に遇逢を得、最も眞實に修行すべし。

辨道の時、先達の覔る所、唯だ是れ正見なり。

不錯の見を得んと欲るなり。

今、如来の正法眼藏、涅槃妙心、無上菩提を以て、猥に禪宗と號す。

是れ錯なり。

豈に見毒無からんや。

西天二十八代、滴滴相承。

二十八祖菩提達磨尊者、萬里を辭せず、海に航す。

三年にして遂に振旦に到る。

南海廣州に届く。

時、于に、梁の武帝普通八年なり。

梁武に相見す。

梁武、重せず。

祖、遂に國を出、魏の嵩山に入る。

少室峰の少林寺に寓して、面壁九年。

神光を得て、傳法傳衣す。

五傳して曹谿に至り両神足有り。

謂く、青原弘済大師、南嶽大慧禪師なり。

青原唯だ一子有り。

謂く、石頭なり。

南嶽唯だ一子有り。

謂く、江西なり。

後代、須く知るべしと。

上古猶を人を得ること多らざることを。

當時に豈に近代の如きの邪魔魍魎無しや。

江西、百丈を得、石頭、薬山を得る。

江西、石頭、薬山、百丈の祖師の如き、今日有る可からず。

此の如き祖師在世の時、未だ佛法を以て禪宗と稱すことを聞かず。

二三百年已来、猥に禪宗と稱す。

未だ出處の根源を明めず。

頗る妄稱なり。

石門の林間録に曰く、菩提達磨、初め梁より魏に之き、嵩山の下に経行し、少林に倚仗して面壁燕坐、而已(のみ)、習禪にあらず。

之れを久して、世人其の故を測ること莫し。

因て達磨を以て習禪と為す。

夫れ禪那は諸行の一耳(のみ)

何ぞ以て聖人を盡すに足んや。

而るに、當時の人、之れを以て史を為る。

又、従て茲れを習禪の列に傳す。

枯木死灰の徒と、伍為ら使む。

然りと雖も、聖人は禪那に止まるに非らずして、而も禪那に違はずと。

然れば則ち、徃代も亦、道に明なる師有り。

如今、道を聞く人無し。

哀れむべし、哀れむべし。

邪魔、魍魎、野獣、畜生、猥に禪宗と號して、

謬て雌雄を法花華嚴等の宗に論ず。

澆季、人無し所以なり。

佛祖單傳は是れ我が釋迦牟尼佛の正法なり。

阿耨多羅三藐三菩提なり。

所以に須く知るべし。

佛法の中に法花華厳等有り。

法花華厳等の各各の中に、各各の佛法有るにはあらず。

然れば則ち、法花華厳等八萬四千の法藏、悉く是れ佛祖單傳なり。

法花華厳等の外、別に祖師道有り。

所以に諸宗と比肩すべからず。

唯だ國の王を得るが如し。

無上菩提の為に道を求るの輩、佛祖單傳、直指無上の正法を以て、禪宗と稱すべからず者歟。

若し禪宗と稱すは佛祖の兒孫にあらず。

又、見毒有るべし。

良久して曰く、佛法、本と名相の表にあらず。

後人、謬りて許多の名を立す。

少林の面壁、縦ひ相似ひ、禪宗と號して有情を惑わす莫れ。

 

※「永平廣録七巻九丁」上堂曰流転生死之中・・・ (永平廣録注解全書中552~554頁)

 

(五)【13】

曰く初祖西来、震旦の温至。

前後、妙と雖も嵩嶽、獨り親し。

迢迢たる航海三周、兀兀として面壁九歳。

兒孫遍く天下に満ち、嫡嗣適、吾が朝に臨む。

謂つ可し、國、初めて戒定慧の本主を感得して、民の王を得るが如し。

人、方に身口意の善根を決定し、闇に燈を得るが如し。

誠に是れ優曇花開けて、一切愛敬し、獅子、哮吼して妖恠、倶に休む。

是れを以て青原、盧陵の米に定價し、南嶽、即不中を説似す。

日面月面、眼睛豁開し、明頭暗頭、鼻孔高直なり。

黄梅黄蘗、拄杖を拗折し、雲岩雲居、蒲團を拈來す。

既に恁麼を得て、空く過すべからず。

直に須く熾然、頭然を救い、猛利、勇猛を勤むべし。

正當恁麼の時、作麼生か行履せん。

還て委悉せんと要すや。

良久して云く、塼を磨し、鏡と作し、誰人か笑はん。

翠竹黄花、畫圖に入る。

管すること莫れ、浩浩地。

種田、必ず是れ作功夫。

 

※「永平廣録七巻十四丁」上堂初祖西来震旦温至・・・ (永平廣録注解全書中573~574頁)

 

(六)【14】

擧す、世尊、靈山百萬衆前に在り。

拈花瞬目す。

迦葉、破顔微笑。

世尊、衆に告げて曰く、吾に正法眼藏、涅槃妙心有り、摩訶迦葉に付囑す。

将来に流布して、断絶せしむること勿れと。

仍て金縷の僧伽梨衣を以て、迦葉に付す。

頌に曰く、

春臺、夢覺て花の香を瓣ず。

廣く人天に示す、獨飲光。

山雨洗飜、清くして玉を削り。

嶺雲迸散、織りて章を成す。

金鱗、色を交て、文浪を皺しめ。

黄鳥、聲を飛し、断腸を亂る。

百萬任他、空く首を擧ことを。

頭陀直下に、已に芳を知る。

 

※「永平廣録九巻一丁」世尊在靈山百萬衆前・・・ (永平廣録注解全書下217頁)

 

(七)【15】

擧す、世尊、靈山會上に在り。

百萬衆前、優曇華を拈じて、告げて曰く、

吾に正法眼藏、涅槃妙心有り、摩訶迦葉に付囑す。

時に于、迦葉、破顔微笑す。

師曰く、

永平今日、頌出して人に示す。

世尊、昔日、法を傳と欲し、百萬衆前に花を拈得す。

瞬目、告げて言く、吾に法有りと。

破顔微笑、獨り■(父+者)に逢う。

這箇は是れ、長連床上の學得底。

向上又作麼生。

大衆還て委悉と要すや。

良久して曰く、此の間、何の活計と問う莫れ。

西天も也(また)、趙州の茶有り。

 

※「永平廣録六巻六丁」上堂擧世尊在靈山會上・・・ (永平廣録注解全書中393頁)

 

(八)【16】

擧す、曩祖、石頭大師上堂曰く、吾が法門は先佛の傳受。

禪定精進を論ぜず。

唯だ佛の知見に達すと。

師曰く、且つ大衆に問う、作麼生か、是れ石頭道底、箇の佛の知見。

卓柱杖一下して曰く、上来無限の勝因、佛の知見に回向す。

佛の知見をして、喫飯、着衣、屙屎、送尿、雲堂裡に辨道し、

長連床に工夫せしむ。

永平門下、又、且つ然らず。

我若し坐の時、汝須く立つべし。

我若し立つ時、儞須く坐すべし。

齊く坐し、齊く立つは、二俱に瞎漢なり。

所以に洞山、五位君臣を排し、臨濟、四種賓主を列す。

門内底は堆堆地に坐し、出んと欲すれども、終に出不得。

門外底は波波地に走り、入んと欲すれども、終に入不得。

彼彼、相ひ知らず、彼彼、相ひ到らず。

爾は爾の為、我は我の為なり。

妨げず各、其の封疆を守る。

若し忽然として四方、位を易へ、主賓を互換せば、

途に在る底は、家舎を離れず。

家に在る底は、途中を離れず。

爾ちの底、即是れ我の底。

我れの底、即是れ爾の底。

謂つ可し、彼此の一家主賓、力を齊ふすと。

恁麼見得して、更に二途倶に渉ず、四句も能く収すこと莫き底、有り。

還て甚麼の處に向かい、伊と相見す。

卓柱杖一下して曰く、且つ歸堂裡に商量せん。

 

※「永平廣録三巻十二丁」上堂曩祖石頭大師上堂曰・・・ (永平廣録注解全書上500~501頁)

 

(九)【17】

曰く、正法眼藏、涅槃妙心、是れ佛佛の所護念と雖も、佛法の汚染す所を教えず。

羅漢をして正傳せ教と雖も、聲聞の法に堕せず。

凡夫を正傳せ教と雖も、衆生の法に堕せず。

若し斯の如からざるは、豈に今日に到らん。

甚と為か斯の如き、大衆、這箇の関棙子を委悉せんと要すや、也(また)無しや。

良久して、曰く、三更月落ちて夜巣寒し、瓊林は宿らず千年の鶴。

 

※「永平廣録四巻二十五丁」上堂正法眼藏涅槃妙心・・・ (永平廣録注解全書中147頁)


第三諦信因果訓

 

(一)【18】

祖師曰く、西天の第二十祖、闍夜多大士、鳩摩羅多尊者に問う。

我が家の父母、素より三寶を信ず。

而も嘗て疾瘵に縈る。

凡そ營作する所、皆な不如意。

而て我が鄰家久しく■■■の行を為す。

而れども身常に勇健、所作和合す。

彼れ何の幸ぞ。

我れ何の辜かある。

尊者曰く、何の疑うに足んや。

且く、善悪の報に三時有り。

凡そ人、但、仁の夭に暴の壽く逆の吉に義の凶なるを見て、

便ち因果亡く、罪福虚しと謂へり。

殊に知らず影響、相随いて毫釐も忒ひ靡ことを。

縦ひ、百千萬劫を經とも、亦、磨滅せず。

時に闍夜多、是の語を聞き、已て頓に所疑を釋く。

或いは人、永平に如何か是れ現報と問はば、祇、他に對して道ん。

現報は乃ち蕎麥なり。

或いは如何が是れ生報と問うこと有れば、祇、他に對して道ん。

生報は乃ち大麥なり。

或いは如何が是れ後報と問うこと有れば、祇、他に對して道ん。

後報は乃ち好堅樹なり。

 

■■■〈梵〉caṇḍālaの音写・差別用語

※「永平廣録七巻二十三丁」上堂記得西天第二十祖・・・ (永平廣録注解全書中626~627頁)

 

(二)【19】

曰く、學道の人、因果を撥無すること得る莫れ。

因果、若し撥は、修證、終に乖くと。

百丈野狐の話を擧し了て、乃ち曰く、

或いは疑いて曰く、野狐は是れ畜生。

那ぞ、五百來世を知ることを得ん。

此の疑い最も愚なり。

汝等、須く知るべし。

衆生の類、或いは畜、或いは人、生得の宿通を具すること、之れ有らん。

或いは云く、不落不昧、乃ち一等なり。

然して堕落は只だ是れ自然なる而己(のみ)と。

是の如き見解は乃ち外道なり。

今日、永平、一句語を著ん。

若し、不落因果と道うは、必ず是れ因果を撥無す。

若し、不昧因果と道うとも、未だ免れず、他の隣敷を數ことを。

良久して曰く、多歳住山の烏拄杖、龍と作て一旦、風雷を起こす。

 

※「永平廣録七巻二十丁」上堂曰學道之人莫得撥無・・・ (永平廣録注解全書中604頁)

 

(三)【20】

曰く、學佛法の人、是れ、作白業の人と名す。

若し世路、官途、名聞、利養を求めば、

乃ち、作黑業の人、黑業の故に三悪道に堕す。

白業の故に、諸佛の道を得ん。

所以に、先代の善知識出家家兒、官途、世路を務めず。

豈に名聞、利養に著せんや。

夫れ、出家人は誌書、和歌等を業とせず。

頭燃を救いて學道すべし。

況んや人命無常、草露水沫の如し。

草露水沫の脆きが如しと雖も、若し佛祖の道を荷擔せば、

乃ち生死海中の慶幸なり。

擧す、薬山久く陞堂せず。

院主曰し云く、大衆久しく和尚の慈誨を思う。

薬山云く、鐘を撃き著、鐘を撃て衆集まる。

薬山方に陞座す。

良久して便ち下座し、方丈に歸る。

院主、後に随て曰し云く、適來、衆の為に説法を許す。

什麼の為か、一言を垂れざる。

薬山曰く、經に經師有り、論に論師有り。

爭か老僧を恠み得ん。

師曰く、經に經師有り、論に論師有り、爭か老僧を恠み得んことを知らんと要すや。

汝、爭か恠み得ん、

老僧は是れ師、汝は是れ弟子なり。

和尚適來、衆の為に説法を許し、如何の一言を垂れざらんことを知らんと要すや。

雷聲遠く震ふ。

所以に道ふ、一言を垂れざると。

 

※「永平廣録七巻十二丁」上堂云學佛法人是名作白業人・・・ (永平廣録注解全書中559~560頁)

 

(四)【21】

曰く夫れ、佛祖の兒孫、必定、佛祖の大道を單傳す。

我が佛如来の言く、假令(たと)ひ、百劫を經とも所作の業、亡せず。

因縁會遇の時、果報報還、自受と。

第十九祖、鳩摩羅多尊者、闍夜多尊者に示して曰く、

且、善悪の報に三時有り。

凡そ人、但だ仁の夭に、暴の壽く、逆の吉、義の凶を見る。

便ち、因果亡く、罪福虚と謂う。

知らず、影響、相随て毫釐も忒ひ靡く。

縦ひ、百千劫を經、亦、磨滅せず。

佛祖の道、斯の如し。

佛祖の兒孫、直に須く骨に刻し、肌に銘す自己(のみ)。

外道六師の中、第一の富蘭那迦葉、諸の弟子の為に是の如くの言を説く。

黑業、有ること無く、黑業の報も無し。

白業、有り、白業の報も無し。

黑白業も無く、黑白業報も無し。

上業及び以、下業有ること無し。

第六の尼乾陀若提子、諸の弟子の為に是の如くの言を説く。

悪も無く、善も無く、父も無く、母も無し。

今世も無く、後世も無く、阿羅漢も無く、修道も無し。

一切の衆生、八萬劫を經、生死輪に於て自然に得脱す。

有罪無罪、悉く亦、是の如しと。

明に知る、佛祖の諸説と、外道の邪見と終に同ふす可からず。

謂く、業報に三種有り。

一に現在受業、二に生受業、三に後受業。

此の三種業、影響の相随が如く、鏡を以て像を鑄に似たり。

大衆に曰く、至切、至切。

 

※「永平廣録七巻六丁」上堂云學佛法人是名作白業人・・・ (永平廣録注解全書中535~536頁)

 

(五)【22】

曰く夫れ、學佛法の漢は用心身儀、太だ容易ならず。

凡夫外道倶に坐禪を營む。

然も凡夫外道の坐禪は、佛佛祖祖の坐禪に同じからず。

然る所以は、外道の坐禪は邪見、著見、驕慢有るが故なり。

若し其の解會、外道に同じは、身心苦労と雖も終に無益なり。

況んや逆人闡提等に同じは、豈に佛法の身心有らんや。

世尊一時、羅閲城耆闍崛山中に在て、大比丘衆五百人と倶き。

爾の時、提婆達兜、衆僧を壊亂し、如来の足を壊し、阿闍世を教えて、

父王を取て殺さしめ、復、羅漢比丘尼を殺し、大衆の中に在て、

是の説を作す。

何の處にか、悪有る、悪何れ從か生せん。

誰か此の悪を作て、當に其の報を受けんや。

我も亦、此の悪を作て、而も其の報を受けずと。

時に、衆多の比丘有り。

羅閲城に入り、乞食して此の語を聞て、食後、衣鉢を攝取りて、

尼師壇を以て、左肩の上に着て、便ち往て、世尊の所に至り、

頭面禮足、一面に在て坐して、世尊に白して曰く、

提婆達兜愚人、大衆の中に在て、而も是の説を作、悪を為も、

殃ひ無く、福を作も、報ひ無し。

善悪の報を受ること有ること無し。

爾時、世尊、諸の比丘に告ぐ、悪有るは罪有り、

善有るは福あり、善悪の遇皆、報應有り。

便ち此の偈を説く、愚者は審に自ら明す。

悪を為も報有ること無し。

我今預りて善悪の報應を了知す。

是の如く諸の比丘、當に悪を遠離し、福を為して惓こと莫るべし。

諸の比丘、當に是の學を作すべし。

爾時に諸の比丘、佛の所説を聞て歓喜奉行す。

世尊復、諸の比丘に告げ、提婆達兜、五逆悪を起こし、身壊し命終て、

摩訶阿鼻城獄中に生す。

此れを以て、當に知るべし、若し邪見を起こす等は必ず佛法の身心を

断絶せしむなり。

若し、佛法の身心を断絶せば、佛祖の坐禪辨道を得ず。

先師天童、道く、參禪は身心脱落なりと。

既に身心脱落を得ば、必ず邪見著味驕慢無し。

祈禱、祈禱。

 

※「永平廣録六巻十三丁」上堂夫學佛法漢用心太・・・ (永平廣録注解全書中420~421頁)

 

(六)【23】

曰く僧、趙州に問う。

古鏡磨せず、還て照るや、也、無きや。

趙州曰く、前生は是れ因、今生は是れ果と。

誰か知る、古鏡獨り佛祖屋裡に在りと。

古鏡の樣子、大圓鏡に比せず、頗梨鏡に比せず。

然も恁麼なりと雖も、或る人有りて永平に古鏡磨せず還て照るや也無きやと

問はば、秖だ伊に向て道ん、一生補處は必ず兜率陀天に生ず。

三十三天は帝釋を主と為す。

甚麼か為か、斯の如くなる。

大衆、還て這箇の道理を委悉せんと要すや。

良久して云く、菩薩發心す業識の中、豈に秋月春風を憎愛せんや。

此の娑婆國土、知らずや、盡恆河沙世界の東。

 

※「永平廣録五巻二十八丁」上堂記得僧問趙州古鏡・・・ (永平廣録注解全書中338~339頁)

 

(七)【24】

曰く、古佛云く、雙樹に、滅を示す、八百餘年。

世界丘墟、樹木枯悴す。

人、至信無く、正念軽微。

眞如を信ぜず唯だ神力を愛すと。

何に況んや今時、雙樹、滅を示して後、

已に二千八百歳を經、

明に知ぬ、人、至信無く、正念軽微なることを。

學佛法の人、若し至信正念無んば、

必ず因果を撥無す。

古者道く、因圓、果満、成正覺と。

且く道へ、大衆永平門下、佛法の因果、如何が批判せん。

還て委悉せんと要すや。

良久して曰く、靈山の拈華、慈悲落草、

石鞏の彎弓、習氣猶を存す。

 

※「永平廣録五巻十八丁」上堂古佛云雙樹示滅・・・ (永平廣録注解全書中273~274頁)


第四通達修證訓

 

(一)【25】

祖師曰く、南嶽懷讓禪師、曹谿に初參の時、

六祖問う、汝、什麼れの處より來る。

讓曰く、嵩山安國師の處より來る。

祖曰く、是れ什麼物か、恁麼に來る。

讓、惜こと罔く、終に八年に至る。

譲、祖に告げて云く、懷讓、某甲初來し時、和尚、某甲を接して、

是れ什麼物か、恁麼に來ると云うことを會得す。

祖云く、汝、作麼生か會す。

譲曰く、説似一物即不中。

祖云く、還て修證を假や、也た、無しや。

譲曰く、修證は無にあらず、汚染は即ち得ざる。

祖曰く、只だ是の不汚染、即ち諸佛の所護念。

汝も亦、是れの如し、吾も亦、是れの如し。

乃至、西天諸佛も亦、是れの如しと。

還て這箇の道理を委悉せんと要すや。

六祖問う、什麼の處よりか來ると。

南嶽に代て云ん、久く響く和尚道徳の風。

此に來て禮拝す。

下情、感激の至に勝へずと。

六祖又問う、是れ什麼に物か什麼し來ると。

南嶽に代て、六祖に向い曲身問訊叉手して道ん、

即辰季春、極めて暄かなりと。

伏して惟は和尚、尊候起居萬福と。

人若し南嶽の道ふ、説似一物即不中の意旨如何と問はば、

秖だ他に向て道ん、任他れ、茅草の青くして猶を嫩ことを。

春日、遅遅、庵を結んと欲すと。

又、六祖道ふ只だ是の不汚染、即ち諸佛の所護念。

汝亦如是、吾亦如是、乃至、西天諸佛も亦、如是等、意旨、如何と問はば、

他に向て道ん、優鉢羅華、日に向て開くと。

 

※「永平廣録七巻九丁」上堂云記得南嶽懷讓禪師初參・・・ (永平廣録注解全書中549~550頁)

 

(二)【26】

曰く、修證現成、以て其の時劫を窮むること無し。

因果圓満、以て其の始終を限ること無し。

法を以て、界と為せば、則ち中邊無し。

智を以て、身と為せば、則ち向背無し。

且く道へ、恁麼に行履する時、又、作麼生。

良久して曰く、三千世界、恩臨を戴く、一切衆生、化導に從ふ。

 

※「永平廣録七巻二丁」上堂修證現成無以窮其時劫・・・ (永平廣録注解全書中515頁)

 

(三)【27】

曰く、若し此の事を論は、十方の諸佛修證は、一切の祖師汚染すること得ず。

是れを以て靈山百萬億の衆、獨り迦葉をして住持せ教め、

黄梅七百の高僧、唯だ行者を選て傳法す。

豈に、是れ庸流の能くする所ならんや。

庸流に非ざるは誰ぞ。

謂く、眞の出家なり。

夫れ眞の出家は直に須く、丈夫決裂の籌を秉て、精進勇猛の幢を建つべし。

遂に則ち佛祖の鑰匙子を拈得して、

向上一重の關を打開し、自己の家財を運出し、一切の孤露を賑濟す。

正恁麼の時、方に最初に佛の恩徳を報じ、拂子を以て禪床を撃て下座す。

 

※「永平廣録七巻五丁」上堂若論此事十方諸佛修證・・・ (永平廣録注解全書中531頁)

 

(四)【28】

曰く須く知るべし。作佛の新古に非ざることを。

修證豈に、唯だ邊際の中のみならんや。

道こと莫れ、本来無一物と。

因圓果満、時有りて、通す。

且く道へ、大衆甚と為めか此の如くなる。

良久して云く、花開て必ず眞實を結ぶ、青葉秋に逢て即ち紅なりと。

 

※「永平廣録七巻二十八丁」上堂須知作佛非新古・・・ (永平廣録注解全書中650頁)

 

(五)【29】

曰く、我が本師釋迦牟尼佛大和尚、先世、瓦師と作り、名を大光明と曰く。

爾の時、佛有り、釋迦牟尼佛と名く。

彼の佛世尊の壽命、名號、國土、弟子、正法、像法、一に今佛の如し。

彼の佛と弟子と倶に、瓦師の舎に至て宿す。

瓦師、草座、燃燈、石蜜、水漿を以て、

佛及び比丘に施し、誓願を發す。

當來五濁の世、作佛し、佛及び弟子、壽命、名號、國土、身量、、正法、像法、

一切皆な、今釋迦牟尼佛の如く、異ならず。

其の昔願の如く、今日、作佛して、國土、弟子、正法、像法、壽命、名號、

一切皆な、古釋迦牟尼佛の如し。

日本國越宇開闢永平寺沙門道元も亦、誓願を發し、當來五濁の世、作佛の

佛及び弟子、國土、名號、正法、像法、身量、壽命、一へに、

今日の本師釋迦牟尼佛の如く、異ならず。

唯だ願くは、佛法僧の三寶、天衆地衆、雲衆水衆、拄杖拂子、

此の願いを證明せんことを。

然も是の如くと雖も、今釋迦牟尼佛は親しく曽て、古釋迦牟尼佛の國に在り。

佛及び弟子自の舎に來宿し、一へに、與しめに、草座石蜜を供養して、

誓願を發し、今已に其の願いを成就す。

而今、道元、佛を去ること甚だ遠し。

還て佛身を見、佛説を聞く分有りや。

拂子を拈起して、云く、今釋迦牟尼佛及び佛弟子倶に拂子頭上に至りて、宿す。

又、拂子を拈起して、云く、八萬法藏圓音、耳に在り。

又、拂子を拈起して、云く、我れ今供養發願頓にして、作佛を得て、

一へに所願の如く異ならず。

諸人、恁麼道理を知らんと要すや。

拂子を以て、一圓相を打して云く、錯て擧すること莫んば好し。

 

※「永平廣録二巻二十九丁」上堂我本師釋迦牟尼佛大和尚・・・ (永平廣録注解全書上421~422頁)

 

(六)【30】

擧す、黄龍和尚、示衆に曰く、菩提は言説を離る。

従来、人を得ること無し。

須く二空の理に依て、當に法王身を證すべし。

且く道、何か二空の理と名す。

人空法空、内空外空、凡空聖空、一切法空、二空の理。

総て諸人の為めに、説了れり。

且く道、何んか法王身と名す。

四大五蘊、行住坐臥、開單展鉢、僧堂佛殿、厨庫三門、

是れ法王身にあらざると云うこと無し。

若し能く、此れに於て、薦得せば、

乾坤大地、日月星辰、儞諸人の眼睛を穿過し、

四大海水、儞諸人の鼻孔に流入す。

方に知る、釋迦彌勒の授記も但だ是れ虚名。

臨濟徳山の棒喝も権為假道なることを。

拂子を以て禪床を撃て下座す。

師云く、黄龍祖師、恁麼道ふと雖も、

永平、又且つ、然ぜず。

良久して曰く、瞿曇の授記の如し、實無くんば、

那んぞ二空法王身を證せん。

 

※「永平廣録三巻十七丁」上堂擧黄龍和尚示衆・・・ (永平廣録注解全書上530頁)

 

(七)【31】

曰く、萬機休罷、千聖不携、父母は我が親にあらず。

諸佛は我が道にあらず。

親道は且く致く、儞、什麼を喚てか、我と為す。

本色の衲僧、一條活路に到ことを得、以て逍遥す。

謂う所は、生滅有りと雖も、去来にあらず。

階級有りと雖も、差別を免る。

修證は即ち無にあらず。

汚染は即ち得にあらず。

塵に背し、覺に合し、花を開き、果を結ぶ。

諸佛衆生究盡し來る、乃ち實相なり。

既に是れ實相、甚の為めか諸佛、無量無邊、

衆生、無際無窮なる。

大衆還て這箇の道理を委悉せんと要すや。

良久して曰く、夜行を許さず、明に投じて須く到るべし。

 

※「永平廣録六巻二十二丁」上堂萬機休罷千聖不携・・・ (永平廣録注解全書中386頁)

 

(八)【32】

曰く、全躰本然、誰か處所に逗らん。

通身親切、豈に蹤由を尋ねんや。

既に一句を超え、焉ぞ三乘を勞せん。

手を撒すれば、便ち當り、身を飜すれば、即ち露る。

實に是れ、靈山破顔以後、四七、未だ一絲毫を添え得ず。

少林徹髄以来、二三、何ぞ一絲毫を滅するに堪ふる者ならんや。

言宣に渉らず、唯だ證契す。

念想に滞ること無し。

是れ直指なり。

是れを以て室峰九年の面壁聲名遠く聞こへ、

黄梅三更の傳衣、風光顯赫たり。

彼の倶胝一指、黄蘗の三頓、百丈の拂、臨濟の喝、

洞山の麻三斤、雲門の乾屎橛、

未だ生佛の階梯に拘らず。

已に迷悟の邊際を超える者なり。

何ぞ、證悟を他に待つ者、影を認めて終に吾に非ず、

知見を体に存する者の、塊を逐うて、

未だ人の為にせざる者に比せんや。

誠に夫れ佛祖單傳の旨、言外領略の宗は、

先哲公案の處、古徳證入の處に在り。

語句論量の處、問答往来の處に在せず。

知見解會の處、思量念度の處に在せず。

談玄談妙の處、説心説性の處に在せず。

唯だ這柄を放て、留めざれば、

瞥地當處に團圝たり。

故に能く眼に満つ。

腦後豁開す眞密の路、面前不識好音。

大師釋尊、正法眼藏、西天東地、分付し來ること多時なり。

界畔、識らざること在り。

謂所は分付來多時とは、這の一片の田地なり。

這の一片の田地は、吾等が直下の田地なり。

古人、之れを大道と稱する者か、既に多時と云ふ。

算數すること能はず、籌量すべからず。

事舊り時遙にして、四至界畔、暁了ならずと雖も、

住持理就して保任日に新なり。

此の日、新の事を自ら際斷有るなり。

中に就て、行有り、教有り、證有り。

彼の行とは、工夫坐禪なり。

此の行、佛に到て、尚を不退なるは例なり。

佛行に被る所以なり。

教證、准て撿す可きか。

此の坐禪は、也、佛佛の相傳、

祖祖の直指、嫡、獨り嗣する者なり。

餘は其の名を聞くと雖も、佛祖の坐禪に同じからず。

所以は何ん、諸宗の坐禪は悟を待て則と為す。

譬ば、船筏を假て、大海を度するが如し。

将に謂へり、海を度して、船を抛つべしや。

吾か佛祖の坐禪は然らず。

是れ乃ち、佛行なり。

謂所は佛家の体たらくは、宗と説と行と一等なり、一如なり。

宗は證なり、説は教なり、行は修なり。

向來共に學習を存すなり。

應に知るべし、行は宗説を行ずるなり。

説は宗行を説くなり。

宗は説行を證するなり。

行、若し説を行わず、證を行わずんば何ぞ、佛法を行ずると云はん。

説、若し行を説かず、證を説かずんば、佛法を説くと稱し難し。

證、若し行を證せず、説を證せずんば、爭か佛法を證すと名さん。

當に知るべし、佛法は初中後、一なり。

初中後、善なり、初中後、無なり、初中後、空なり。

這の一段の事、未だ是れ人の強為にあらず。

本自ら法の云為なり。

既に、佛法の中に於て、教行證有りことを知る。

一刹那の田地、多時ならずと云うこと無し。

日來か貴ぶ所は、中間の樹子なり。

惜しむ可からざること有り。

教、既に是の如く、行も亦た是の如く、證も亦た是の如し。

正當恁麼、自の管得、自の管不得を管せず。

教なり、行なり、證なり。

所通達の處、豈に佛法に非ずことを得んや。

 

※「永平廣録八巻二十九丁」全體本然誰逗處所・・・ (永平廣録注解全書下152~154頁)

 


第五揀瓣邪見訓

 

(一)【33】

祖師の曰く、學法の漢は、先ず須く佛佛祖祖の道處を知るべし。

外道に混亂すべからず。

兄弟須く知るべし。

明も無く、暗も無し。

闇を息て、明に歸す。

明闇一相、善悪一心。

是の如くの道は皆な是れ外道の見なり。

若し外道の見を認めて、佛祖の道と為せば、

石を握りて、王と為る者よりも愚なり。

兄弟見ずや、石頭の道ふことを。

當に明中に暗有り。

暗を以て相遇すること勿れ。

當に暗中に明有り。

明を以て相覩すること勿れと。

石頭嚢祖道の當明中有暗を知らんと要すや。

拄杖を卓して、一下。

石頭嚢祖道の當暗中有明を知らんと要すや。

卓拄杖一下。

嚢祖甚と為めか道ふ、暗を以て相遇すること勿れと。

這箇の道理を明んと要すや。

卓拄杖一下。

嚢祖甚と為めか道ふ、明を以て相覩すること勿れと。

這箇の道理を明んと要すや。

卓拄杖一下。

嚢祖又道ふ、明暗各相對す、比するに前後の歩みの如しと。

大衆、前後の歩みを知らんと要すや。

卓拄杖両下して曰く、前歩を喚て、後歩と作すこと、即ち得ず。

後歩を喚て、前歩と作すこと、即ち得ず。

作麼生か是れ什麼の道理。

卓拄杖両下。

 

※「永平廣録四巻十六丁」上堂學佛法漢先須知・・・ (永平廣録注解全書中111~112頁)

 

(二)【34】

曰く、西天の諸祖道く、無心是れ佛。

江西の馬祖道く、即心是佛と。

即心是佛と道ふと雖も、是れ心猿意馬即ち佛と道はず。

近代の學人多少、錯て會す。

或いは道ふ、一び即心是佛に歸すれば、第二世無しと。

什麼に會せば、即ち斷見外道に同じ。

良久して曰く、即心是佛、何の宗旨ぞ。

兒啼を制せんと欲して、一拳を打す。

 

※「永平廣録五巻二丁」上堂西天諸祖道無心是佛・・・ (永平廣録注解全書中196頁)

 

(三)【35】

曰く、學佛法の漢、須く、邪正両途、及び外道と仏道との殊なることを知るべし。

見解、若し、外道に同ぜば、終に佛法の益無し。

夫れ外道多しと雖も、其の先祖、三有り。

其の中、一人有り、推して第一と為す。

迦毘羅と名す。

此れ黄頭と翻して、頭、金色の如し。

又曰く、頭面倶に金色の如し。

因て以て名と為す。

身の死すことを恐怖して、自在天に往きて、天に問う。

頻陀山に往きて、餘甘子を取ら令む。

食して壽を延ず可しと。

食し已て、林中に於て化して石と為ること、牀の大の如し。

逮はず者有れば、偈を書して、石に問う。

後に陳那菩薩の為に、之を斥らる。

其の偈を書して石を裂く。

等く五通を得て、前後、各、八萬劫を知る。

偏く世間を觀ず。

誰か度に堪たる者と。

一の婆羅門の修利と名るが、人間に遊行するを見て、

問て言く、汝、戯るや。

答て曰く、然り。

又、二千歳を過ぎて問う。

能く道を修すや、不や。

答ふ能くせんと、因て為に三苦を説く。

一は内苦、謂く飢渇等。

二は外苦、謂く虎狼等。

三は天苦、謂く風雨等。

説る經、十萬の偈有り。

僧佉論と名す。

此に數術と云う、二十五諦を用て、因中有果を明す。

一を計して、宗と為す。

二十五諦と言うは、一は冥初從り覺を生す。

八萬劫を過ぎて、前きは冥然として知らず。

但だ、最初中陰の初て起こすを見て、

宿命力を以て、恒に之を憶想して、名て冥諦と為す。

亦、世性と云う。

謂く、世間の衆生、冥初に由て有り。

即ち世間の本性なり。

亦、自然と曰く。

所從無きが故に、此れ從り覺を生ず。

亦、名て大と為す。

即ち是れ、中陰の識なり。

次に覺從り我心を生する者は此れは是れ我慢の我なり。

神我には非ず。

即ち第三諦。

我心從り、色聲香味觸を生ず。

五塵從り、五大を生す。

謂く、四大及び空なり。

塵は細に、大は塵なり。

塵を合して、大を成す。

故に、塵從り大を生すと。

然に大の生する多少、同じからず。

聲從り空大を生す。

聲觸從り風大を生す。

色聲觸從り火大を生す。

色聲觸味從り水大を生す。

五塵、地大を生す。

地大は塵を籍こと多が故に、其の力最も薄し。

乃至、空大は塵を籍こと少ないが故に、其の力最も強し。

故に、四輪、世界を成す。

空輪は最も下なり、

次に風、次に火、次に水、次に地、

五大從り十一根を生す。

謂く、其の中眼等の五根は能く覺知す。

故に、五知根と名す。

手と足と口と大と小と遺根は能く用ふこと有るが故に、

五業根と名す。

心平等根と合して十一根となり、心能く徧く縁するを平等根と名す。

若し、五知根は各、一大を用ふ。

謂く、色塵、火大を成し、火大、眼根を成し、眼根還て色を見る。

(補、聲塵、空大を成し)

空塵(塵當に大を作す)、耳根を成す。

耳根還て、聲を聞く。

地、鼻を成し、水、舌を成し、風、身を成すも、亦、是れの如し。

此の二十四諦は即ち是れ、我が所。

皆な神我に依る。

神我は名して、主諦と為す。

能所、合せ論は即ち二十五諦なり。

向來の二十五諦、是れ佛佛祖祖の法ならず。

若し、佛祖の心を論せば、牆壁瓦礫、是れなり。

其の眼は木槵子、是れなり。

其の鼻は截筒の如き是れなり。

其の舌は初偃の月の如き是れなり。

恁麼參學し來る時、又作麼生。

良久して云く、将に謂く胡鬚赤と、更に赤鬚胡有り。

 

※「永平廣録五巻二十四丁」上堂學佛道漢須知邪正・・・ (永平廣録注解全書中312~314頁)

 

(四)【36】

曰く、佛道の漢、正見得難く、邪見脱し難し。

正使(たとい)、因縁、自然、斷見、常見を遮却し得るも、

若し、色大、我小、我大、色小等に堕する者は、

乃ち是れ、六十二見なり。

或いは説く、空の大覺の中に生じ、海の一漚の發が如し。

或いは説く、當に知るべし、虚空の汝が心内に生ず。

猶を、片雲の大清裡に點するが如しと。

我が佛の所説と稱すと雖も、正に是れ、我大、色小なり。

若し、恁麼に見得せば、是れ三世諸佛の弟子にあらず。

亦、歴代祖師の雲孫に非ず。

古来、有徳有道の真の道心は、誠心を以て、

明明に、佛道外道見處の別なることを暁す。

然して、後に學佛す。

所以に見成せり。

記得す、雲居、雪峰に問う、門外の雪消えるや、未だしや。

雪峰曰く、一片も也(また)無し、箇の什麼をか消せん。

雲居云く、消せり。

今日、永平一一注却せん。

雲居の問の門外雪消ゆるや、未だしや。

才に過末を論す、便ち彼此に堕す、畢竟如何。

若し是れ如是、雪峰道く、一片も也(また)無し、箇の什麼をか消せん。

初祖、何の為、達磨なる。

一場只是れ※※(麻羅)?(心+麻)(心+羅)。

雲居道く、消せり。

笑ふ可し、溝に塡ち、壑に塞ぐことを。

眼睛髑髏、野に遍し。

 

※「永平廣録五巻二十七丁」上堂學佛道漢須知邪正・・・ (永平廣録注解全書中332~333頁)

 

(五)【37】

曰く、圭峰宗密道く、知之一字、衆妙の門と。

黄龍死心禪師の道く、知之一字、衆悪の門と。

二員の先徳、一時の説話。

後學口誦、今に至て絶へず。

斯に因て闇者は雌雄を論せんと欲す。

數百年來用捨、人に随ふ。

然りと雖も、是の如くと。

宗密の道、知之一字、衆妙の門。

未だ外道の坑を出ず。

謂ふ所は、知は必ずしも妙ならず、必ずしも麁ならず。

黄龍の道、知之一字、衆悪の門。

猶を偏小の見を帯ぶ。

謂ふ所は、知は未だ必ずしも悪ならず、未だ必ずしも善ならず。

今日永平、両員の道處を質さんと欲す。

大衆、還て這箇の道理を委悉せんと要すや。

良久して曰く、大海若し足ることを知らば、應に百川倒流すべし。

 

※「永平廣録六巻二十丁」上堂記得圭峰宗密道・・・ (永平廣録注解全書中449頁)

 

(六)【38】

曰く、夫れ學佛道は見解須く正なるべし。

見解若し邪なれば、光陰虚しく度る。

近代皆な云ふ、諸人應諾の處、即ち諸人の本命。

冷暖自知の處、即ち諸人の主人公。

向來、乃ち是れ佛性。

更に第二人有るべからずと。

若し恁麼に會せば、則ち先徳の呵する所なり。

見ずや、竺尚書、長沙の岑和尚に問ふ。

蚯蚓、斬て両段と為し、両頭倶に動くは未審(いぶか)し。

佛性、阿那箇頭にか在る。

沙曰く、莫妄想。

書曰く、奈動ことを爭ふは何ん。

沙曰く、只だ風火未だ散ぜざるが為なり。

書、無對。

沙、尚書と喚ぶ。

書、應諾す。

沙曰く、是れ尚書の本命にあらずや。

書云く、即今、秖對を離却して、第二箇の主人公有るべからず。

沙云く、尚書を喚びて、今上と作すべからず。

書曰く、與麼ならば則ち總に、和尚に秖對せざる。

是れ弟子か主人公なること莫きや、否や。

沙曰く、但し秖對するのみにあらず、老僧に秖對せざるも、

無始劫從り來た、是れ箇の生死の根本と。

乃て頌を示して云く、學道の人、眞を識らず、

秖、從來、識神を認めんが為なり。

無始劫來、生死の本、癡人、喚て本来人と作す。

此の頌は乃ち後學晩進の明鑒なり。

古を照らし、今を照らす。

邪を照らし、正を照らす。

若し、這箇の明鑒を拈得すれば、

乃ち、尚書を喚びて、今上と作の錯を離る。

又、妄想佛性の錯を離るるなり。

夜來、長沙、宿して永平が拂子頭上に來り眠り。

寐語して聲を作すこと、再三、斯の頌を誦す。

仍ち永平、聊か其の韻を續く。

良久して曰く、學道は直に須く眞に体達すべし。

祖師未だ弄せざる、識と神と(將)を。

尚書設使ひ、今上と稱するも、

千萬年中、一人も莫し。

 

※「永平廣録七巻十九丁」上堂曰夫學佛道見解須・・・ (永平廣録注解全書中601~602頁)

 

(七)【39】

擧す、竺尚書、長沙に問ふ、

蚯蚓、斬て両段と為し、未審(いぶか)し、佛性、阿那箇頭にか在る。

沙曰く、莫妄想。

書曰く、奈動ことを爭ふは何ん。

沙曰く、只だ風火未だ散ぜざるが為なり。

乃至、癡人、喚びて本來人と作す。

師、乃ち云く、無始劫來生死の本、

癡人、喚びて本來人と作す。

途中顛倒して更に流布せば、

大地山河清淨身。

 

※「永平廣録四巻二十三丁」上堂擧竺尚書問長沙・・・ (永平廣録注解全書中149頁)

 

(八)【40】

曰く、三祖大師曰く、至道無難、唯嫌揀擇。

這箇を見聞して、知らざる者は、則ち曰く、

諸法、善悪無く、一切、邪正無し。

但し性に任せ逍遥し、縁に随い放曠す。

所以に一切の善悪邪正、揀擇せずして趣向すと。

或いは曰く、所謂、不揀擇とは言語を用て道はず。

但し圓相を打し、佛子を堅起して、一拄杖を卓し、

拄杖を擲(なげう)ち、掌一掌、喝一喝、

蒲團を拈來し、拳頭を拈來し、對して便ち得たりと。

恁麼の見解、未だ凡夫の窟を出ず。

若し人、永平に、作麼生か是れ、唯嫌揀擇底の道理と問はば、

秖だ他に向て道ん。

金翅鳥王、生龍に非ずんば、食はず。

補處菩薩は兜率に非ざれば生ぜず。

 

※「永平廣録七巻一丁」上堂擧三祖大師曰至道無難・・・ (永平廣録注解全書中507頁)

 

(九)【41】

曰く、佛祖の兒孫、諸の阿笈摩の教、諸の婆羅門の法、

祭祀の法、路伽耶陀、逆路伽耶陀を學こと莫れ。

祇管に頭燃を救て、須く佛佛祖祖の拳頭眼睛、

拄杖拂子、蒲團禪版、祖師の心、祖師の語を學すべし。

若し、佛祖の行履に非ずば、行ぜず、

若し、佛祖の言句に非ずば、言ぜず。

大衆、還て這箇の關棙子を委悉せんと要すや。

良久して云く、蒲團禪版、趙州の茶、十二時中、邪を説かず。

古佛曽て參ず、端的意、和修傳へ著く佛袈裟。

 

※「永平廣録五巻十一丁」上堂佛祖兒孫莫學諸阿笈・・・ (永平廣録注解全書中246頁)

 

(十)【42】

曰く、宿殖般若の種子に酬いて、南洲に生じ、佛法に値ふ。

明に知す、身の障無く、法の縁有ることを。

但だ恨む、修めずして、未だ證驗を得ず、

不修と謂ふは、未だ名利を抛(なげう)たず、我我所を執す。

西天東地、佛佛祖祖、名利早く抛ち來りて、

永く我我所を捨て、専一に辨道して犯も無く、非も無し。

佛法を得る所以なり。

汝等、當に知るべし、正法像法の行者、

得法、已に不同有り。

後の五百歳、猶を亦た、解脱堅固、禪定堅固等の別異有り。

況んや、今、末法に値ひ、澆運に當る。

縦ひ、頭燃を救いて、精進勇猛と雖も、

恐くは、正法像法の時の人に齊せず。

西天竺國、正法像法の最中、既に得道、不得道有り。

職として、精進、不精進に由る。

邊地の境、末法の今、人根を論るは、正像法の時と

今時と天地懸るに殊にす。

果報を論るは、中印度の人と我が國と金沙、比し難し。

然れども、身、重障無く、上上縁を得、

慎みて退屈すること莫れ。

退屈せざるが如きは、當に勤めて精進すべし。

所謂、精進とは名利を求めず、聲色を愛さず。

所以に孔子老子の言句を見ること勿れ。

楞厳圓覺の教典を見ること勿れ。

(時の人、楞厳圓覺の教典を以て、多く禅門所依と謂う、

師、常に之れを嫌うなり。)

専ら、七佛世尊從り、今日に至る、佛佛祖祖の因縁を學すべし。

若し其れ、佛祖の因縁を管せず、

徒に、名利邪路を努むるは、豈に是れ學道ならんや。

如来世尊迦葉祖師、西天二十八祖、東土六代、青原南岳等、

何れの祖師か楞厳圓覺を用いて、正法眼藏、涅槃妙心と為さん。

又、何れの祖師か、孔子老子の涕唾を嘗(なめ)て、

佛祖の甘露と為する者ならんや。

今、大宋の諸僧、頻りに三教一致と談ずるの言、最も非なり。

苦哉大宋の佛法、地を拂て衰ふなり。

古徳皆な世尊を以て、老聃に比すことを嫌ふ。

今の諸僧、皆な如來と老聃と一致一等と談ず。

須く知る、今時、其の人無きに依て、是の如くの患を致すべしや。

兄弟、若し看經を要せば、須く曹谿の擧する所の經教に憑くべし。

所謂、法華涅槃般若等の經、乃ち是れなり。

曹谿、未だ擧ざる經、用不と、何の為にして所以は何ん。

古人、經論を披くは偏に菩提の為にす。

今人、經論を披くは但だ名利の為にす。

夫れ佛、經教を説くは、諸の衆生の菩提を得んが為の故なり。

今人、名利の為に佛經を披くは、幾多ぞ、佛意に違ずや。

况や復た、短慮を以て、廣學博覧に擬す。

誠に是れ、愚の甚なり。

幸に官途世路を脱して、出家人と作し、比丘僧と作す。

還て、聲色名利を求め願うこと勿れ。

若し、聲色に馳騁せば、乃ち出家人の耻辱なり。

聲色は是れ五欲なり。

切に、五根をして放逸の五欲に入るを教ふること莫れ。

見ずや、世尊言く、汝等比丘、已に能く戒に住せば、

當に五根を制すべし。

放逸の五欲に入らしむること勿れ。

譬へば、牧牛の人、杖を執て之れを視て、縦逸にして、

人の苗稼を犯しめざるが如し。

若し、五根を縦にすれば、唯だ五欲のみに非らざらん。

将に涯畔無くして、制す可からず。

然れば則ち、佛祖の兒孫は、聲色名利の邪路に向かはず。

謂く、聲色に向かはずとは、早く、我我所、及び名聞利養を

抛ち、須く五根をして聡利となら教(し)むべし。

聡利と言ふは、一び名利の抛つべき吾我の抛べきを聞き、

速疾に抛ち來るなり。

是れ如き行者は名して大機と為し、名して最上根機と為す。

未だ是れの如く能はざるは、名て敗器と為す。

然も是れの如きと雖も、作麼生か是れ牧牛。

作麼生か是れ杖。

作麼生か是れ苗稼。

作麼生か是れ之れを視さしむ。

作麼生か是れ苗稼の主人。

世人必ず知ること莫し。

只だ佛祖正傳の拄杖有りて、今、永平が手裡に在り。

乃ち縦、乃ち横、乃ち執杖を視るなり。

更に又問ふ、儞還て牧牛を得んや。

良久して曰く、箇の衲僧の拄杖有り、上堂喫飯、身に随ふ、

自他の面目を一撃して、天上人間、鄰を絶す。

 

※「永平廣録五巻十五丁」上堂酬宿殖般若之種子・・・ (永平廣録注解全書中261頁)

 

(十一)【43】

曰く、古人道く、即心即佛と。

而今會する者、得ること少なし。

即心と道ふと雖も、是れ五識六識八識九識及び心數法等にはあらず。

又、是れ悉多、汗栗駄、矣栗陀等にあらず。

此れを除て、外に何の心有て、即心を作ことを得る。

是れ慮知、念覺、知見、解會靈靈、知昭昭了等にあらず。

恁麼の田地に到る。

阿誰か、即心即佛を會得す。

馬祖下に八十餘員の善知識有り。

只、湖南東寺の如會禪師のみ、即心即佛底の道理を會得す。

甚と為か、斯の如く道ふ。

大寂、世を去りて自り、師、常に門徒の即心即佛の譚を以て、

誦憶已まずを患う。

且つ謂く、佛何に於て住して、而も即心と曰ふや。

心は畫師の如くなるを、而して即佛と云うと。

遂に衆に示して曰く、心は是れ佛にあらず。

智は是れ道にあらず。

劔去りて久し、伱ち方に舟を刻む。

時に東寺を號して、禪窟と為す。

即心即佛底の道理、其れ斯の如くなり。

錯亂することを得ざる。千萬、千萬。

 

※「永平廣録四巻二十一丁」上堂古人道即心即佛・・・ (永平廣録注解全書中139頁)

 

(十二)【44】

擧す、僧趙州に問ふ。

狗子、還て佛性有りや無しや。

州曰く、無し。

僧曰く、一切衆生皆有佛性、狗子、什麼と為か無し。

州曰く、伊に業識の有る在が為なり。

師曰く、趙州、恁麼の為人、最も親切なりと雖も、

永平に、若し人有りて、狗子還て佛性有りや也(また)無しやと

問はば、他に向て道ん、有りと道ふも、無しと道ふも、

二倶に是れ傍と。

若し他、更に如何と問はば、山僧、聲に和し、便ち棒せん。

 

※「永平廣録四巻二十三丁」上堂記得僧問狗子還有佛性・・・ (永平廣録注解全書中153~154頁)

 

(十三)【45】

擧す、僧、趙州に世界未だ有り、早く此の性有り、

世界壊する時、此の性不壊、如何か是れ不壊の性。

州曰く、四大五陰。

僧曰く、此れ猶を是れ壊底、如何が是れ不壊の性。

州曰く、四大五陰。

師曰く、趙州古佛、恁麼道と雖も、

永平老僧も亦、道處有り。

或いは人有りて、趙州に世界未だ有り、早く此の性有り、

世界壊する時、此の性不壊、如何が是れ不壊の性と問はば、

他に向て道ん、牆壁瓦礫と。

他若し、此れ猶を是れ造作底、壊底、如何か是れ不壊の性と

道はば、只だ伊に向て道ん、牆壁瓦礫と。

 

※「永平廣録四巻二十三丁」上堂擧僧問趙州世界・・・ (永平廣録注解全書中155頁)

 

(十四)【46】

曰く、佛と謂ひ、祖と謂ふ、混雑することを得ず。

佛と謂ふは、七佛なり。

七佛は莊嚴劫中の三佛、

謂く、毘婆尸佛、尸棄佛、毘舎浮佛なり。

賢劫中の四佛、

謂く、拘樓孫佛、拘那含牟尼佛、迦葉佛、釋迦牟尼佛なり。

此の外更に佛と稱すること無し。

然かる所以は、毗婆尸仏、付法藏の遺弟、多しと雖も、

倶に祖師と稱す。

或いは、菩薩と稱し、未だ曾て亂に佛世尊と稱すこと有り。

必定して、尸棄佛の出世に佛と稱すに至る。

行満し劫満する所以なり。

乃至、尸棄、毗舎浮等の佛の後、正法像法の時、

亦復、是の如し。

賢劫の中に於て、拘樓孫佛、亦、付法藏の遺弟有り、

相續して佛法を住持すと雖も、

未だ、彼彼を稱して、佛と為さず。

必定、拘那含牟尼佛を以て、佛世尊の出世と稱す。

乃至、迦葉如來も亦復、是の如く、今釋迦牟尼佛の法も

亦、是の如し。

迦葉尊者は西天の初祖なり。

達磨は二十八祖なり。

迦葉尊者の如きは、三十相を具す。

謂く、白毫肉髻を少く而已(のみ)。

佛、迦蘭陀に在て、五百の比丘と倶き時に、

迦葉、乞食し前て、佛所に至り、却て一百に坐す。

佛言く、汝は年老長大、志衰、根弊ゆ。

乞食及び十二頭陀をを捨てる可し。

亦、請を受け、并に長衣を受くる可しと。

迦葉曰く、我れ佛の教えに從はず。

若し如來、成佛したまわずんば、辟支佛と作らん。

辟支佛の法は盡壽、蘭若行を行ずと。

佛言く、善哉、善哉、饒益する所多し。

迦葉、頭陀行、行の在世するが若は、

我が法、久く住して、人天を増益し、

三悪道、滅し、三乘道を成す。

又、迦葉、天人、佛と為るを聞て、

起きて佛の足(みあしもと)に歍(なげひて)曰く、

佛は是れ我が師、我は是れ弟子と。

迦葉此の語を説く時、人天、疑ひを散ず。

是の如くの功徳を具すと雖も、

未だ迦葉を稱して佛と為さず。

又、迦葉、頭陀、已に久して鬚髪長く、衣服弊れ、

佛の所に來詣す。

諸の比丘、慢を起す。

佛、命じて、佛の半座に就きて、共に坐せしむ。

迦葉、肯はず。

佛言く、吾に四禪有り、禪定息心す。

始め從り終りに至るに、耗損有ること無し。

迦葉も亦、然り。

吾に大慈有り、一切を仁覆す。

汝、亦、是の如く、躰性、亦、慈なり。

吾に大悲有り、衆生を濟度す、汝、亦、是の如し。

吾に四神三昧有り、一に無形、二に無量意、三に

清淨積、四に不退轉、汝、亦、是の如し。

吾に六通有り、汝、亦、是の如し。

吾に四定有り、一に禪定、二に智定、三に慧定、四に戒定、

汝、亦、是の如し。

又、一りの婆羅門、佛に曰く、昨、婆羅門有り、我が家に至る。

何者か是れ佛。

迦葉を指し又問う、此れ沙門なり、婆羅門に非ずと。

佛言く、沙門の法律、婆羅門の法律、我れ皆知る。

迦葉も亦爾、迦葉の功徳、我れと異ならず。

何か故に、坐せずと。

諸の比丘、佛の所讚を聞て心驚き毛竪つ。

世尊、本因縁を引く、昔、聖王、文陀竭と號し、

高才絶倫なり。

天帝、徳を欽みて千の馬車を遣し、闕に造りて王を迎ふ。

天帝、出て王と同じく坐す。

相ひ娯楽し已て王を送り、宮に還る。

昔、迦葉、生死の座を以て、吾に命じて同じく坐しむ。

吾今成佛。

正法の座を以て、其の往勲に報んと、佛に對して坐する時、

天人咸な佛と謂へり。

尊者、是の徳を具すと雖も、未だ佛と稱せず。

況んや澆季全く、一徳無くの輩。

猥に吾は是れ佛と稱す。

豈に謗佛謗法謗僧を免れんや、大愚癡なり。

豈に三悪中に墜堕することを免れんや。

迦葉、已後、達磨に至りて二十七世。

或いは是れ羅漢、或いは是れ菩薩、佛世尊の

正法眼藏を傳へど、未だ佛と稱せず。

佛は是れ行満して作佛する所以なり。

祖は是れ解、備て嗣法す。

佛果菩提、猥りに成ることを得ず。

此の道理を明め知るは、實に是れ佛祖の嫡子なり。

作佛は必ず三阿僧企耶大劫を經す。

或いは必ず無量無數不可思議劫を經す。

或いは必ず一念の項を經す。

三の不同有りと雖も、難に非ず、易に非ず、

長遠時に非ず、頓速時に非ず。

或いは、拳頭裡に在て、成佛し、

或いは、拄杖頭上に在て、成佛し、

或いは、衲僧の頂■(寧頁)上に在て、成佛し、

或いは、衲僧眼睛裡に在て、成佛す。

然も是の如くと雖も、作佛の劫、名號、國土、所化の弟子、

壽命正法像法、必ず先佛の記莂を受る。

祖師も亦、此の佛の所記を授く。

亂にす可らず。

斯の如くの道理を明め知る。

乃ち是れ佛祖、正法眼藏、涅槃妙心の付囑なり。

大衆還て這箇の道理を委悉せんと要すや。

良久して曰く、必然掃破す大虚空、萬別千差盡く豁通す、

獅子兒に教ふ獅子の訣、一齊都て畫圖中に在す。

 

※「永平廣録六巻十七丁」上堂謂佛謂祖混雑不得也・・・ (永平廣録注解全書中438~441頁)

 

永平祖師家訓綱要巻上 尾

 

永平家訓・下 へ続く

 



アクセスカウンター