永平小清規

永平小清規・上中下(東川寺蔵書)
永平小清規・上中下(東川寺蔵書)

永平小清規

 

『永平小清規』は『永平大清規』を刊行した後、永平寺五十世玄透即中禪師が弟子の慧門禪智に命じて、叢林の行持の日資、月進、年規などの細則を編集させ、文化二年(1805)秋に刊行した清規であり、上中下の三巻より成っている。

『永平小清規』と標題したのは例言に「高祖の規、稱して大規と云ふ。蓋し之れを尊崇する所以なり。今規、之れを小規と稱するは大規に對して云ふ。」とある。

 


永平小清規・玄透即中禅師・自序-1
永平小清規・玄透即中禅師・自序-1
永平小清規・玄透即中禅師・自序-2
永平小清規・玄透即中禅師・自序-2

永平小清規

 自序

叢林の行規、僧堂を以て最と爲し、衆寮は之れに次ぐ。

凡そ大衆は三昧に端坐し、課誦を必とせず。

小く看教を開き、以て照心を資すく。

要は、定慧等の學は、佛家の大本の爲を以てなり。

在昔、之れを主張する者は華に慈覺有り、家に永平有り。

地殊に人異なりと雖も皆、百丈已墜の網紀を張皇する者なり。

是れに繼て、校定、備用、勅脩及び瑩山、大監等の諸清規有りて出づ。

彼れは此れ、相和し叢林丕に振るふ。

詳略有りと雖も其の歸一なり。

明、興てより已降、禪風一變し、軌式は古を失す。

乃ち我が邦、洞上の禪林に於る、亦頗る沿襲して弊を爲し、

高祖の大規に背馳する者、尠となさず。

豈に痛まざる可んや。

或は謂く、明清の規典、微し此に行はると雖も、

率(おお)むね華飾に従事し、本を忘れ、末を揣て、

益學て、益遠し。

此の言、豈に誣と爲んや。

寬政乙卯三月恭く公命を承りて、本刹に主たり。

竊(ひそか)に朝廷、護法の優恩を思ひ、

寤寐にも未だ甞て諼れず。

故を以て古に準じて、僧堂を一新するを先と爲し、

海衆を率ひ、晨に、昏に、孳孳として三昧に端坐し、看讀牀の廢を興し、

遍く後來の學者をして清規を立るの本を忘れざらしむるなり。

它無く、禪智雙修し、以て四恩の報答に擬せんと欲するのみ。

嚮者に命を奉ずるの日、上疏して、祖規に復せんことを請ふ。

図らざりきや、䔥牆魔起こり幾乎んと。

千載の成績を敗んとす。

然れども奮然として危亡を顧みず、哀訴する者の再三、頼に上裁を蒙り、

事體、復た晰(あきらか)なることを得たり。

享和紀元秋七月祠部の牒を奉て、弊を更して廢を興し、

宗祖の家風をして永く隕墜せざら使む焉。

且つ、聖節祝釐の道場は、高祖の肇る所、歴世勤修し、

未だ嘗て怠り有らず。

是の歳癸亥の七月、特に詔を降て、

奨諭し一に古を炤して遵行せしむ。

是に於て小規一篇を撰て、古規を行ふ者に便す。

蓋し已むことを得ざるなり。

祖規の年月分或いは臨時等の章を闕くが如きは、

従上の古規を以て之れを補ふ。

同袍の徒、其の妙行に閑て、僶勉として倦むこと無れば、

足有る者は必ず丘に至ん。

所謂る薝蔔の香を返し、醍醐の味を復すこと、

其れ斯に在んや、其れ題に在んや。

 享和三年龍集癸亥秋八月

  見永平第五十世七十五翁玄透即中撰

              印 印

 


 宣示

永平開祖道元禪師、聖節看經の道場を創修す。

然るに今、宏振禪師、祖訓を循守し、

且つ末派に此の法を遵行せしめんと欲す。

其の績、遠く天聴に達し、因みに、御撫物を預賜さる。

弥よ冝しく、丹衷を抽し、寶祚延長、自今、

齊は古規に準じ、永く廢弛せざらんことを祈り奉る者なり。

 七月十三日

  権大納言經逸 花押

永平寺宏振禪師

 

建仁賀頌

永平開祖、一部の清規を遺し、其の徒、永世に之れを順行せ教む。

多く年を歴す所、淪胥競はず。今の堂頭、

特賜洞宗宏振禪師

諸の公廷に聞き、將に古道を復せんとす。

公廷充准、教命新降す。余此の盛事を聞き隨喜に勝てず。

因に一偈を綴り、讃嘆の意を述ぶ。云ふこと爾り。

永平の禮樂、成規有り。

物換り星移り世と隨ふ。

五百間、一虁足を生ず。

古叢改め此の咸池を聴く。

 見建仁東晙槃譚 

    印 印

 

此擧也老師嘗■(戯?)建仁峯公以需序一言

時公罹疾口授此偈於高徒以見貽亡何

公下世因于此以代序云 遵古敬誌

 


 例言

 

一 高祖の規稱して大規と云ふ。蓋し之れを尊崇する所以なり。今規、之れを小規と稱するは大規に對して云ふ。大鑑竺仙等の稱する所の小規に非ず。

 

一 日資、月進、年規、名を幻住に資る。而れども其の次第、少異なり。日資とは日夜の行持なり。辨道及び赴粥飯章の如きは、全く大規を祖述し、傍ら禪苑勅修等を以て之れを補ふ。但し、辨道章、初夜を後にし後夜を前にするは行次に便するなり。

 

一 月進とは朔より晦に至る行持なり。要は祖訓及び諸規に依て折中す。其の課誦の如きは、彼に在ては、備用勅修幻住により、此の方に在ては、瑩山東福より始む。高祖の成規に非ずと雖も、若し早晩參ぜずば、則ち佛殿に就いて之れを行ず。

 

一 年規とは正月より十二月に至る行持なり。諸規皆な四節あり。今、冬の結解を兼ねて六節と爲す。諸規の節臘は四月よりす。今、日資月進の例に準じて正月より始む。年朝の禮は安居の巻、及び禪苑結制の禮に準じ、勅修を以て補す。蓋し高祖の時存するは禪苑一規のみ。故に祖規全く禪苑に本づく。今之れに倣ふ。五節竝び同じ。諸煎點は乃ち禪苑勅修に依る。聖節看經及び衆寮結解煎點并に諷経法の如きは諸規に比する。差異ありと雖も全く看經の巻、安居の巻を祖述す。佛忌及び楞嚴會は諸規大概相同じ。今多く勅修に依る。百丈洞山天童忌の如きは達磨忌に準ず。高祖忌の如きは其の法、達磨忌に同すと雖も、本山の舊例に循(したが)て一二増修す。二世忌は高祖忌に準じ、三世四世五世は二世

に準ず。施食法及び断臂會の如きは全く瑩山に依る。

 

一 上堂法は禪苑に載する所。諸規と少異あり。今、禪苑に本づき勅修を以て之れを補ふ。小參は全く勅修に依る。但し、打鼓三會するは禪苑に依る。請因縁入室法は全く禪苑に依る。告香普説の如きは全く勅修に依る。看經法は全く看經の巻に依る。

 

一 新到相看、大挂撘歸堂、謝挂撘法、及び方丈新到に特爲する茶、新挂撘人點入寮茶は並に勅修に依る。大挂撘歸堂法の如きは補に少、禪苑を以てす。

 

一 請知事、請頭首、下知事、下頭首法は並に禪苑に依る。挂鉢の時、兩序を請する略法は禪苑勅修に準ず。侍者進退、寮舎の什物を交割する法、方丈の新舊兩序に特爲する湯、堂司の新舊侍者に特爲する茶湯、庫司の新舊兩序に特爲する湯、堂司の舊首座都寺を鉢位に送る法、並に勅修に依る。

 

一 吾が宗、結解毎に罷參齋と稱し、自恣煎點と稱す。蓋し中古の設くる所にして以て一禮と爲す。今、禪苑特爲置食の法に依て折中し、之れを置食煎點と謂ふ。或ひは臨時置食煎點するも亦た須く此の法に準ずべし。

 

一 鐘魚鼓版法の如きは禪苑警衆章に依り、補ふに大規を以てす。

 

一 兩序侍者及び列職所務の法、或ひは方丈の新舊兩序を管待し及び新首座に特爲する茶、新首座の後堂大衆に特爲する茶、住持の頭首を垂訪する茶、兩序交代の茶、入寮出寮の茶、頭首の僧堂に就いて點ずる茶法、或ひは住持入院、退院、遷化、及び亡僧荼毘法、今規には省て出ざるは須く備攷に就て檢討すべし。

 

一 禪苑に監院副院の稱號有る。頤公、洪濟院に住するを以てなし、固より監寺の通稱に非ず。大規に監院と云、或ひは監寺と云、諸規咸な都寺監寺副寺と云ふ。今定めて監寺の稱を用ふ。此の或は混し易きを恐るるなり。

 

一 疏語及び疏製、諸圖諸牌式、並に疏語及び圖説の章に出す。圖牌、或ひは省て出ざる者有るは、須く諸規に就て攷ふべきのみ。

 

一 凡そ援引する所の諸規及び諸書は以て辯駁すべし。詳に攷證中に具ふ。

 

一 新學須知法の如きは他章の例と同じからず。各項引事實を以て解諭す。以て新學の爲に提耳する所なり。

 

例言 終

 


吉祥山永平寺小清規目次

巻上

 自序 宣示 建仁賀頌 例言

日資

 辨道法 赴粥飯法

月進

 初一日 祝聖(上堂諷経)、将軍祈禱、巡堂點茶、佛殿上供、高祖獻供、宣讀清規

 初三日 僧堂念誦

 初四日 淨髮、普請、開浴、達磨獻湯

 初五日 庫堂諷経、上堂、達磨獻供

 初八日 祝聖諷経、将軍祈禱、僧堂念誦、寢堂點湯

 初九日 淨髮、普請、開浴

 初十日 上堂

 十一日 宣讀清規、五世獻湯

 十二日 五世獻供

 十三日 僧堂念誦、三世獻供

 十四日 淨髮、普請、三世獻供、開浴

 十五日 祝聖(上堂諷経)、将軍祈禱、巡堂點茶、佛殿上供、高祖獻供、行布薩

 十六日 天童獻湯

 十七日 天童獻供、東照宮獻供

 十八日 僧堂念誦、寢堂點湯

 十九日 淨髮、普請、開浴

 二十日 上堂

 二十一日 宣讀清規

 二十三日 祝聖(上堂諷経)、将軍祈禱、僧堂念誦、二世獻湯

 二十四日 淨髮、普請、二世獻供、台德院殿獻供、開浴

 二十五日 上堂、四世獻湯

 二十六日 四世獻供

 二十七日 高祖獻湯

 二十八日 高祖獻粥、高祖獻供、僧堂念誦、寢堂點湯

 三十日 淨髮、普請、開浴、行布薩 

     (小盡なれば則ち二十九日を以て行ふ)

巻中

年規

 正月初一日 方丈内人事、祝聖上堂、法堂人事、堂頭僧堂囘禮、堂頭巡寮、堂頭僧堂點茶、轉讀般若

 初二日 庫司點茶、轉讀般若

 初三日 首座點茶、轉讀般若

 十四日 方丈小座湯、土地堂念誦、庫司點湯

 十五日 方丈内人事、祝聖上堂、法堂人事、堂頭僧堂囘禮、堂頭巡寮、堂頭僧堂點茶

 十六日 庫司點茶、百丈宿忌

 十七日 百丈散忌、首座點茶

 二十二日 大佛寺殿宿忌

 二十三日 大佛寺殿正忌

 二十四日 台德院殿正忌

 二月十五日 佛涅槃會上堂、上供行法、建聖節看經道場

 三月初一日 開爐 清明日 諸堂諷経

 初七日 洞山宿忌

 初八日 洞山散忌

 十五日 聖節滿散上堂

 四月初一日 挂撘を止め旦過を鎖す

 初三日 草單を出

 初七日 佛誕會の花亭を装ふ

 初八日 佛誕會上堂、灌佛上供行法

 十二日 楞嚴頭を請

 十三日 楞嚴會を啓建、衆寮煎點并諷経

 十四日 方丈小座湯、土地堂念誦、庫司點湯

 十五日 方丈内人事、祝聖上堂、法堂人事、堂頭僧堂囘禮、堂頭巡寮、堂頭僧堂點茶

 十六日 庫司點茶、東照宮宿忌

 十七日 東照宮正忌、首座點茶

 五月初一日 祝聖上堂

 二十日 方丈、諸寮の爲に點茶

 六月初一日 坐禪版を止

 七月初一日 盂蘭盆會看誦の經單を出し、預しめ衆財を率し斛食の供養を辨す

 十三日 楞嚴會を滿散

 十四日 方丈小座湯、土地堂念誦、庫司點湯

 十五日 方丈内人事、祝聖上堂、法堂人事、堂頭僧堂囘禮、堂頭巡寮、堂頭僧堂點茶、盂蘭盆會施食

 十六日 庫司點茶、天童宿忌

 十七日 天童散忌、首座點茶

 二十日 上堂開旦過

 二十三日 道正宿忌

 二十四日 道正正忌

 八月二十三日 二世宿忌

 二十四日 二世散忌

 二十五日 高祖の眞容を法堂に迎

 二十六日 高祖獻粥、獻供、獻湯

 二十七日 高祖獻粥、獻供、眞前念誦、獻湯

 二十八日 高祖獻粥、宣讀遺教、散忌行法、僧堂點茶、送眞行法

 九月初一日 坐禪版を鳴す

 初九日 祝聖上堂

 十三日 三世宿忌

 十四日 二世散忌

 十月初一日 開爐、挂撘を止め旦過を鎖す

 初三日 草單を出

 初四日 達磨宿忌眞前念誦、獻湯

 十一日 五世宿忌

 十二日 五世散忌

 十四日 方丈小座湯、土地堂念誦、庫司點湯

 十五日 方丈内人事、祝聖上堂、法堂人事、堂頭僧堂囘禮、堂頭巡寮、堂頭僧堂點茶

 十六日 庫司點茶

 十七日 首座點茶

 二十五日 四世宿忌

 二十六日 四世散忌

 十一月冬至前一日 方丈小座湯、土地堂念誦、庫司點湯

 至日 方丈内人事、祝聖上堂、法堂人事、堂頭僧堂囘禮、堂頭巡寮、堂頭僧堂點茶

 第二日 庫司點茶

 第三日 首座點茶

 十二月初四日 景命祝聖

 初八日 佛成道會上粥、上堂、上供行法

 初十日 斷臂會獻粥、獻供

 除夜 方丈小座湯、土地堂念誦、庫司點湯、小參

 

臨時行法

 上堂法、小參法、請因縁法、入室法、告香普説法、看經法、新到相看法、大挂撘歸堂法、謝挂撘法、方丈新挂撘に特爲する茶法、新挂撘人點入寮茶法、請知事法、請頭首法、粥罷挂鉢時兩序を請する略法、下知事法、下頭首法、侍者進退法、寮舎什物を交割する法、方丈新舊兩序に特爲する湯法、庫司新舊兩序に特爲する湯法、堂司新舊侍者に特爲する茶法、堂司舊首座都寺を鉢位に送る法、置食煎點の法、鐘魚鼓版法、備攷

 

巻下

 疏語 圖説 攷證

附新學須知

 合掌法、問訊法、揖法、互跪法、長跪法、禮拜法、讀誦法、經行法、披袒并帯坐具法、出班上香法、濾水法、淨髮法、入浴法、用手巾嚼楊枝并洗面法、登厠并洗淨法

 

目次 終

 


永平小清規・跋・禅智
永平小清規・跋・禅智

(跋・巻尾題)

 

清規の作、百丈已降、諸家互いに相ひ纂述して、増損し一ならず。其れ孰か其の精を窮めて、以て極に至ると謂ふ。然れども、或るは左に詳にして、右に略し、或るは前に得て、後に失する。蓋し尠となさず。我が師、後學の判し難を憫ふ。嘗て此の規を撰定す。大域、永平禪苑を以て正綱と爲し、參るに諸規を以てし、長きを斷し短きを補ふ。繁蕑、之れが中を得、取舎、其の宜しきに合す。井々の條有り。灼として火を視るが如し。今より後、我が宗徒、勤循して之れを行はば則ち宗風之れ再び振ひ、祖訓之れ永隆なる。其れ斯に在らん。其れ將に世に利布せんとするなり。智に命するに校讐の役を以てし、兼ねて剞劂の事を監ぜしむ。今夏工、竣を告ぐ。又、命するに跋言を以てす。智、不文は固より、功徳の萬一を稱讃するに足らず。然れども深く此の盛擧に遇ふを忻び、焚香稽首敬して巻尾に題す。云

 文化二年秋八月

      弟子 禪智 謹撰  印

 



因みに『永平小清規』上巻の最後の頁には下記の様に印刷されている。

 

「上巻三十七紙、越州路福井安穏寺住持比丘瑞門損貲刻、爲、居山良廓居士、月光靈明大師、枯木點雪居士、未參悟徹大師、助冥福」

 

尚、余談だが、この東川寺蔵書『永平小清規』三巻共に「回天慧杲」の印が有り、贈宏宗長老と書かれている。

 



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