知事清規(永平清規)

知事清規(永平清規)

 

知事清規は『日本國越前永平寺知事清規』と云う。

この『日本國越前永平寺知事清規』の巻末には「于時寛元丙午夏六月十五日 越宇永平開闢沙門道元撰」と書かれていて、寬元4年(1246)6月15日、道元禅師47歳、大佛寺を永平寺と改めた日に撰述された。

現在は『永平清規』の中に、この『日本國越前永平寺知事清規』は収められている。

叢林の「知事」とは六知事を指す。

即ち都寺(つうす)、監寺(かんす)、副寺(ふうす)、維那(いのう)、典座(てんぞ)、直歳(しっすい)の六役職の総称である。

この叢林の知事の役職に携わる僧へ、その心構えを説いたのが『日本國越前永平寺知事清規』である。

しかし「六知事」のすべての役職について書かれている訳ではなく、「古時は監寺のみ。近日都寺と稱するは即ち監寺なり。副寺と稱するも亦監寺なり。近代は寺院繁務なり。仍つて兩三の監寺を請するなり。」と記されているように都寺・副寺については監寺と見なして書かれていない。

さらに「監寺」と同格と見なされる「監院」についても別項目で詳しく記載されている。

又、叢林には「六知事」の外に「六頭首」の役職もある。

「六頭首」とは首座、書記、知蔵、知客、知浴、知殿の役職であり、この「頭首」についても記してある。

「知事等親しく曾て相見せし例」、「監寺に充てられし時、大事を發明せし例」、「有道の維那に充てられし例」、「維那の時大悟せし例」、「典座の時に大事を發明せし例」、「有道の人典座に充てられし例」、「有道の人直歳に充れたれし例」、「諸の小頭首有道の例」、「得道以來、苦學節儉の例」、「小職たりと雖も妄りに授けざるの例」、「知事等、豐屋を事とし高堂大觀を作るべからざる例」、「監院」、「維那」、「典座」、「直歳」の順に記載されている。

上記の題名の如く、必ずしもその役職についての心構えが述べられているのではなく、その役職にあって悟りを得た例も記載されている。

 

知事清規-1
知事清規-1
知事清規-2
知事清規-2

日本國越前永平寺知事清規

日本國越前永平寺知事清規

 

知事は貴にして尊たり。須らく有道の耆徳を撰ぶべし。其の例、

如來の俗弟難陀(なんだ)、知事に充てられ阿羅漢を證す。

胎藏經に云く、世尊、迦毘羅城(かびらじょう)に在(い)ますとき、佛、難陀の受戒時到れるを知(しろ)しめして、門に至つて光を放ちて一宅を照したまふ。

難陀云く、必ず是れ世尊ならん。

遣(つかい)をして看せしむるに果(はた)して是れ世尊なり。

難陀自ら看んと欲す。

婦云く、若し出でて看ることを許せば、必ず出家せしめん。即ち其の衣を牽(ひ)く。難陀云く、少時(しばらく)して還らん。

婦云く、濕額(しつがく)未だ乾かざるに須らく還るべし。

答ふ、所要の如くすべしと。

佛、鉢を取り飯を盛らしむ。飯を盛つて出づれば、佛已に去る。

阿難に與ふるに、阿難言く、誰が邊にか鉢を得たる。

答へて言く、佛邊に鉢を得たり。

阿難言く、還(すみやか)に送つて佛に與へよと。

難陀即ち往(ゆ)いて鉢を送りて佛に與ふ。

佛、剃頭(ていづ)せしむ。

剃者に語(つ)げて言く、刀を持して閻浮提王(えんぶだいおう)の頂に臨むこと勿れ。又、念(おも)へらく、且(あした)には世尊に順ふとも、暮(くれ)には當に歸り去るべしと。

佛、其の念を知(しろ)しめして、大坑を化作(けさ)す。

如(も)し其の命終るとも何ぞ歸ることを得んや。

佛、阿難に告げて、難陀を知事と作す。

阿難、佛語を傳ふ。難陀言く、知事とは何ぞや。

阿難曰く、寺中に於いて檢校す。

問ふ、何の所作かある。答ふ、諸の比丘乞食し去らば應に掃地灑水(そうちしやすい)し、薪を取り牛糞を除き、土を淨め失落を防守し、僧の與(ため)に門戸等を閉づべし。

晩に至らば當に門を開き大小便處を掃灑すべしと。

僧去りて後、僧の爲に門を閉ぢんと欲す。

西を閉づれば東開き、東を閉づれば西開く等なり。

念じて曰く、縱ひ失落有りとも、我れ王と爲ん時、更に百千の好寺を造り、今日に倍せん。即便(すなはち)家に還る。

大道從り行かば、佛の還りたまはんことを恐れ、乃ち小道從りす。

仍ち佛の歸りたまふに逢ふ。

隱樹の枝に隱る、風吹いて身現(あらは)る。

佛問ふ、何が故にか來る。答ふ、婦を憶ふと。

佛却つて將(ひき)いて城を出でて鹿子母園(ろくしぼおん)に至る。

佛問ふ、汝曾て香醉山(こうすいざん)を見りや不や。答ふ、未だ見ず。

佛、衣角(えかく)に投じて飛び、須臾(しゆゆ)に山を見せしむ。

山上に果樹有り、樹下に雌獼猴(しみこう)の一目無く燒かれし有り。

竟(つい)に佛問ふ、天とは何如ん。答ふ、天は無欲なり、何ぞ此に比することを得ん。

問ふ、汝天を見るや不や。答ふ、未だ見ず。

佛、衣角に投じて尋いで三十三天に至らしむ。

遊觀し歡喜園に至り、綵女を見、交合園等を見、種種の音聲を見(き)かしむ。

一處に天女の夫無き有り、佛に問ふ、佛、天に問はしむ。

天答ふ、佛の弟、難陀持戒して、此に生れ當に我が夫と爲るべし。

佛、難陀に問ふ、孫陀利(そんだり)と何如んと。

答ふ、天を孫陀利に比すれば、孫陀利を以て瞎獼猴(かつみこう)に比するが如し。

佛の言はく、梵行を脩すれば斯の利あり、汝今、持戒せば當に此の天に生ずべしと。

時に佛共に逝多林(せいたりん)に還る。

時に難陀、天宮を慕うて梵行を修す。

佛、衆僧に告げたまふ、一切難陀と其の法事を同うすることを得ざれ。

一切の比丘、皆與(とも)に同住ぜずして坐より起つ。

自ら念ふ、阿難は是れ我が弟、應に我を嫌はざるべしと。

即ち往いて共に坐すれば、阿難も起ち去る。

問うて言く、弟何ぞ兄を棄つるや。

阿難言く、然り、仁の行は別なるが故に相ひ遣(や)るのみ。

問ふ、何の謂ぞや。答ふ、仁は生天を樂(ねが)ひ、我は寂滅を樂ふと。

聞き已つて倍(ますます)憂惱を生ず。

佛、又問ふ、汝、捺落迦(ならか)を見るや未だしや。

答ふ、未だ見ず。

衣角に投じて便ち諸獄を見せしむ。

皆、治人(ちじん)有り。有處に人無し。

佛に問ふ。佛、獄卒に問はしむ。獄卒答へて言く、佛の弟難陀、天に生ぜんが爲の故に修行す。暫く天上に在りて此の中に還り來つて苦を受けんと。

難陀、懼(おそ)れて涙下ること雨の如し。

佛に白して其の事を述ぶ。

佛言く、天樂の爲に梵行を修すれば是の過(とが)有り。

佛、與に逝多林に還りて、廣く爲に胎相を説くたまふ。

難陀、因つて始めて發心し、解脱の爲の故に持戒して、後に阿羅漢果を得たり。

 

 難陀尊者、俗姓は刹帝利(せつていり)。淨飯王(じやうぼんおう)の子。如來の俗弟なり。即ち知事に充てられて、果して羅漢と作る。見佛の功徳、證果の先蹤、貴ぶべき者歟、慕ふべき者歟。然れば則ち道心の人、稽古の人、必ず充つべし。無道心の輩は、充つべからざるなり。知事の心術は、住持の心術と同じ。仁義を先と爲し、柔和を先と爲し、雲衆水衆に大慈大悲ありて、十方を接待し、叢席を一興す。世利を見ずして、唯だ道業を務むる者の充て來れる所なり。誠に是れ辨道の薫練、此れに先だつ者無し歟。

 

知事等親しく曾て相見せし例。

 

大潙、一日院主を喚ぶ。院主來る。

山云く、我れ院主を喚ぶ、汝來つて什麼か作ん。院主無對。

又、侍者をして第一座を喚び來らしむ。第一座來る。

山云く、我れ第一座を喚ぶ。汝來つて什麼か作ん。第一座無對。

 

 曹山、院主に代つて云く、也(ま)た知る和尚の某甲を喚ばざることを。第一座に代つて云く、若し侍者をして喚ばしめば恐らくは來らじ。法眼別して云く、適來(しらい)侍者喚ぶと。這の一段の因縁を拈得して、直に須らく知事頭首の命脈を參究すべし。

 

監寺に充てられし時、大事を發明せし例。

 

金陵(きんりよう)報恩院の玄則禪師〈法眼に嗣ぐ〉、法眼の會に在りて監寺(かんす)に充つ。

一日法眼云く、監寺儞(なんじ)此の間に在ること多少の時ぞ。

則云く、和尚の會に在ること、已に三年を得たり。

眼云く、儞は是れ後生、尋常(よのつね)何ぞ事を問はざる。

則云く、玄則敢て和尚を瞞ぜず、玄則曾て青峯の處に在つて箇の安樂を得たり。

眼云く、儞甚の語に因つてか得入す。

則云く、玄則曾て青峯に問ひき、如何にあらんか是れ學人自己と。

峯云く、丙丁童子來求火(びようじようどうじらいぐか)。

眼云く、好語なり。祇(た)だ恐らくは儞會せざらんことを。

則云く、丙丁は火に屬す、火を將つて火を求むるは、自己を將つて自己を覓むるに似たり。

眼云く、情(まこと)に知る儞會せざりしことを。

佛法若し是(かく)の如くならば、今日に到らじと。

則、操悶して便ち起つ。

中路に至つて却つて云く、他は是れ五百人の善知識なり、我を不是と道ふ、必ず長處有らんと。却回して懺悔す。

眼云く、但だ問ひ將ち來れ。

則便ち問ふ、如何にあらんか是れ學人の自己。

眼云く、丙丁童子來求火。

則、言下に大悟す。

袁州(えんしゆう)楊岐の會(ゑ)禪師、慈明に隨ふ。

慈明は南源より道吾、石霜に徙る。

師皆之を佐(たす)けて院事を總(す)ぶ。

之に依ること久しと雖も、然も未だ省發有らず。

咨參する毎に慈明の曰く、庫司事繁し、且く去れと。

他日又た問ふ、慈明の語前の如し。

或は謂つて曰く、監寺異時兒孫天下に遍うして去らん。

何ぞ忙を用いることを爲さんと。

一老嫗有りて、寺に近づいて居す。

人の之れを測ること莫し。所謂、慈明婆なり。

慈明間に乘じて必ず彼(かしこ)に至る。

一日雨作る。慈明の將に往かんとするを知り、師之れを小徑に偵(うかが)ふ。

既に見て遂に扭住(ちゆうじゅう)して云く、這の老漢今日須らく我が與(ため)に説くべし、説かずんば儞を打ち去らんと。

慈明曰く、監寺是れ般の事を知らば便ち休せよと。

語未だ卒らざるに、師大悟す。

即ち泥途に於いて之れを拜す。起つて問ふ、狹路相逢ふ時如何。

慈明曰く、儞且く軃避(たんひ)せよ。我れ那裡に去らんと要すと。師歸り來る。

來日威儀を具して、方丈に詣して禮謝す。慈明呵して云く、未在と。

一日參に當る、粥罷つて之れを久しうすれども撾鼓(たく)を聞かず。

師行者に問ふ、今日參に當る、何ぞ鼓を撃(う)たざる。

行者云く、和尚出て未だ歸らず。

師徑(ただち)に婆の處に往きて、慈明爨(かし)ぎ婆は粥を煮るを見る。

師曰く、和尚今日參に當る、大衆久しく待つ、何を以てか歸らざる。

慈明曰く、儞一轉語を下し得ば即ち歸らん、下し得ずんば各自に東西に去れと。

師笠を以て頭上を蓋うて行くこと數歩す。

慈明大いに喜んで遂に與に同じく歸る。

是れより慈明の遊山毎に、師輒ち其の出るを噉(うかが)ふ。

晩(おそ)しと雖も必ず鼓を撃ち衆を集む。

慈明遽(にはか)に還り怒つて曰く、小叢林暮にして陞座す、何(いづ)く從り此の規繩を得たるや。

師云く、汾陽の晩參なり、何ぞ規繩に非ずと謂はんやと。

今叢林、三八念誦罷んで猶參ずるは、此れ其の原(はじめ)なり。

 

 古時は監寺のみ。近日都寺と稱するは即ち監寺なり。副寺と稱するも亦監寺なり。近代は寺院繁務なり。仍つて兩三の監寺を請するなり。金陵、楊岐大事を發明せしは、正に監寺の時に當る。知んぬ監寺の功に酬ゆる者歟。誠に夫れ楊岐の如きの粥飯頭は、近代十方に得難きもの哉。

 

有道の維那に充てられし例。

 

京兆華嚴寺の寶智大師、諱は休靜、洞山に嗣ぐ。

師曾て樂普に在りて維那と作る。

白槌普請して曰く、上間は柴を搬(はこ)び、下間は地を鋤(す)け。

時に第一座問ふ、聖僧は作麼生。

師云く、堂に當つて正坐せず、那ぞ兩頭の機に赴かん。

 

 洛浦に維那として、洞山に法嗣たり。尊宿の非細、有道の嘉躅なり。若し師の維那の時を以て、今の長老の輩に挌(くら)べんと欲せば、今時の長老等は未だ師の維那の時には及ばざるなり。

 

維那の時大悟せし例。

 

温州龍翔の竹菴士珪禪師は佛眼清遠和尚に嗣ぐ。

師始めて龍門に登り、即ち平時の所得を以て佛眼に白す。

眼曰く、汝が解心已に極まる、但だ著力開眼を缺くのみと。

遂に堂司に職たり。一日侍立の次で問うて云く、對待を絶する時如何。

眼曰く、汝が堂中に白槌するが如くに相似たり。

師措くこと罔し。眼晩に至りて堂司に抵る。

師復(また)前話を以て之れを問ふ。眼曰く、閑言語。

師言下に於て大悟す。眼曰く、今復言ふこと無し。

 

 佛眼は、五祖山の演和尚の神足なり。珪公は祖宗の血氣を禀けて、維那に當る時、誠に是れ好時の逢遇なり。今鼓山と稱するは則ち師なり。佛祖の言句を拈古頌古すること、師の稱譽、肩を齊しうするもの少なし。

 

典座の時に大事を發明せし例。

 

大潙、百丈に在つて典座と作る。

一日方丈に上つて侍立す。

百丈問ふ、阿誰(たれ)ぞ。山曰く、靈祐。

百丈云く、汝撥爐中を撥(はら)へ、火有りや否や。

師撥つて云く、火無し。

百丈躬(みずか)ら起つて深く撥い少火を得、擧して以て之を示して云く、此れは是れ火にあらずや。

師發悟し、禮謝して其の所解を陳ぶ。

百丈云く、此れは乃ち暫時の岐路のみ、經に曰く、佛性見んと欲せば、當に時節因縁を觀ずべし、時節既に至れば、迷うて忽ち悟るが如く、忘れて忽ち憶ふが如し。方に省みれば己物なり、他從り得るにあらず。故に祖師の云く、悟り了れば未悟に同じし、無心にして無法を得ると。只だ是れ虚妄(こもう)無し、凡聖等しく本來の心を心とす。法元(もと)自ら備足す。汝今既に爾り、善く自ら護持せよと。

司馬頭陀(しばずだ)湖南より來る。

百丈之れに謂つて曰く、老僧潙山に往かんと欲す可ならんや。

頭陀曰く、潙山は奇絶なり、千五百衆を聚むべし、然れども和尚の所住に非ず。

百丈曰く、何ぞや。

對へて曰く、和尚は是れ骨人、彼は是れ肉山、設ひ居すとも、徒、千に盈(み)たず。

百丈云く、吾が衆中に人の住し得るもの有ること莫きや否や。

對云く、之を歴觀せんを待て。

百丈乃ち侍者をして第一座を喚び來らしむ。〈即ち華林和尚なり〉

問ふて云く、此の人如何ん。

頭陀、謦欬一聲して行くこと數歩せしめ、對へて云く、此の人は不可なり。

又、典座を喚び來らしむ。〈即ち祐師なり〉

頭陀云く、此れは正しく是れ潙山の主なりと。

百丈是の夜、師を召し人室せしめ囑して云く、吾が化縁此に在り、潙山は勝境なり、汝當に之に居て吾が宗を嗣續し、廣く後學を度すべしと。

時に華林之れを聞いて曰く、某甲忝しくも上首に居す、祐公何ぞ住持することを得ん。

百丈云く、若し能く衆に對して一語を下し得て出格ならば、當に住持を與ふべし。

即ち淨瓶を指して問うて云く、喚んで淨瓶と作すことを得ず、汝喚んで什麼とか作さん。華林云く、喚んで木■(木突:とつ)と作すべからず。

百丈、肯(がえん)ぜず。乃ち師に問ふ。

師、淨瓶を踢倒(てきとう)す。

百丈笑つて云く、第一座、山子に輸却(ゆきやく)すと。

遂に師をして潙山に往か遣(し)む。

是の山、峭絶(しようぜつ)にして夐(はるか)に人煙無し、師、猿猱(えんこう)を伍(ご)と爲し、橡栗(ぞうりつ)を食に充つ。

山下の居民、稍稍として之を知る。

師衆と共に梵宇を營む。

卒に李景讓奏して同慶寺と號す。

相國裴公休、甞て玄奧を咨ふ。是れより天下の禪學輻湊(ふくそう)す。

漸源仲興禪師、道吾の會に在りて典座と爲る。

一日道吾に隨ひ、檀越の家に往きて喪を弔ふ。

師、手を以て棺を拊(う)つて云く、生か死か。

道吾曰く、生とも道はじ、死とも道はじ。

師曰く、什麼としてか道はざる。道吾曰く、道はじ道はじと。

弔ひ畢つて、同じく迴途の次で師曰く、和尚須らく仲興が與(ため)に道ふべし、儻(も)し更に道はずんば、即ち和尚を打ち去らん。

道吾曰く、打つことは即ち打つに任す、生とも道はじ死とも道はじ。

師遂に道吾を打つこと數拳す。

道吾、院に歸つて、師をして且く去らしむ。

少間(しばらく)もせば主事知り了つて汝を打たんと。

師、乃ち禮辭し、石霜に往きて前話及び道吾を打ちし事を擧す。

今請ふ、和尚道へと。

石霜曰く、汝見(きか)ずや、道吾の道ふことを、生とも道はじ死とも道はじ。

師、此に於いて大悟し、乃ち齋を設けて懺悔す。

無著尊者、五臺山に在つて、典座と作る。

文殊、粥鍋上に現ず。無著遂に打つて云く、直饒(たと)ひ釋迦老子來るも、我亦打たんと

葉縣(せつけん)歸省和尚、嚴冷枯淡なり。衲子之を敬畏す。

舒州浮山の法遠禪師と、越州天衣山の義懷禪師と衆に在る時、特に往いて參扣(さんこう)す。

正に雪寒に値ふ。省訶罵驅逐す。以至(しかのみならず)水を將つて旦過に溌ぐ、衣服皆濕ふ。其の佗の僧は皆怒つて去る。唯だ遠と懷とは敷具を併疊し衣を整へ、復た旦過の中に坐す。

省、到つて呵して曰く、儞更に去らずんば、我儞を打たん。

遠、近前して云く、某二人、數千里特に來つて和尚の禪に參ず、豈に一杓の水の溌ぐを以て之れ便ち去らんや、若し打殺せるるとも也(ま)た去らじ。

省笑つて云く、儞兩箇は參禪を要す、却(かへ)り去つて掛搭せよと。

續で遠を請して典座に充つ。衆其の枯淡に苦しむ。

省偶(たまたま)莊に出づ、遠鑰匙(やくし)を窃み油麺を取り、五味粥を作つて熟す。省忽ち歸つて赴堂す。粥罷堂外に坐し、典座を請しむ。

遠至る。省云く、實に油麺を取つて煮粥すや。

情(まこと)なり。願くは乞ふ和尚責罰せよ。

省所直(しよじき)を算し衣鉢を估り還し訖らしめ、打つこと三十拄杖して、院を出だす。

遠市中に舍し、道友に託して解免(げめん)せんとす。

省允さず。又曰く、若し歸ることを容さずんば、祇(ただ)乞ふ衆に隨つて入室せんと。省亦允さず。省一日街に出づる次で、遠の獨り旅邸の前に立つを見て、乃ち云く、

此れは是れ院門の房廊なり、儞此に在つて住すること許多の時ぞ。

曾て租錢すや否や。所缺を計りて追取せしむ。

遠難ずる色無し。市に持鉢し、錢と化して之を送る。

省又一日街に出で之が持鉢するを見る。

歸つて衆の爲に曰く、遠は眞に參禪に意有りと。遂に其を呼んで歸らしむ。

 

 大潙、百丈の典座に充てられし以來、水を運び柴を搬びて、衆苦を難とせず。年を經るを記せず、果して乃ち百丈の命に禀け、大潙の主と爲る。大潙に住する時、萬縁閑素なるのみ。天饌、人饌未だ送らず、橡栗枯淡なり。雲衆水衆未だ參ぜず。山猿を伍と爲す。

古聖の苦學たりと雖も、宛も是れ晩進の勵志なり。典座の職は、之れを尊崇すること眼睛、瞞ずべからず。頂■(寧頁)最も高しとす。漸源は勝躅なり、古蹤須らく慕ふべし。

無著は靈蹤なり、玄侶輕んずること莫れ。中に就いて遠典座の心操、學せずんばあるべからず、千載の一遇なり。賢不肖共に及び難き者なり。然れども典座若し遠公の志氣を經ずんば、學道爭(いかでか)佛祖の堂奧に逮得する者ならんや。上來の典座は皆是れ佛海の龍象、祖域の偉人なり。今是の如き人を求むるに、世界に得べからず。

 

有道の人典座に充てられし例。

 

夾山、潙山に在つて典座に充てらる。

潙山問ふ、今日堂中甚麼をか喫す。

典座云く、兩年同一春。

山云く、如法に修事せよ。

典座云く、龍、鳳巣(ほうそう)に宿す。

大陽山の道楷禪師、投子に謁して徹證す。

典座に充てられし時、投子問ふ、厨務勾當易からず。

師云く、不敢。

投子曰く、粥を煮るか、飯を蒸すか。

師云く、人工は米を淘(よ)り火に著く、行者は粥を煮、飯を蒸す。

投子云く、子は箇の作麼をか作すや。

師云く、和尚慈悲放閑し去れと。投子深く之れを然りとす

 

 投子、大陽は祖門の英傑なり。典座を大陽に授け、典座を投子に勤む、祖席の勝躅なり。然れば則ち典座の職は、庸者の充てられざるなり。充てらるる者は乃ち龍象なり。今大陽を以て將ち今古の作家に比するに、齊肩少きのみ。斯に因りて知音稍稀に、知己倫を絶す。然れども佛祖の骨髓を禀んと欲せば、應に大陽の身心を學すべし。夾山は華亭の一子なり、華亭は藥山の子なり、系譜貴し。華亭に見(まみ)えて後、更に大潙に參じて典座に充てらる。大潙は百丈の子なり、百丈と同時に潙山に住す。道眼の正明なり。道の通塞、法の故實、是に於いて淵たり、是に於いて海たる者歟。然れば則ち典座の家風は累葉の見聞なり。倶に是れ明明たる祖師意なり。所以に智人は之れを尊重し、愚者は之れを輕忽にす。

 

有道の人直歳に充れたれし例。

 

漳州の保福本權禪師は、乃ち晦堂の法嗣なり。

曾て晦堂の拳を擧ぐる處に於いて、根源に徹證す。機辨捷出なり。

山谷の黄太史、初め所入有り。

晦堂に問ふ、此の中誰人か與(とも)に語るべき。

晦堂云く、漳州の權師、方に役を督して田を開く。

山谷、晦堂と同く彼に往いて致問して云く、直歳還つて露柱の兒を生むを知るや。

師云く、是れ男か是れ女か。山谷擬議す。師之れを揮(ふる)はんとす。

堂謂つて曰く、無禮なることを得ざれ。

師曰く、這の木頭打たずんば、更に何の時をか得んと。

山谷大笑す。

 

 院門の知事頭首は、清廉を以て先と爲すべからず。必ず有道を撰んで以て職に充てんのみ

 

諸の小頭首有道の例。

(小頭首:しようちようしゅ)

 

趙州、南泉に在つて火頭となる。

一日門を閉却し、屋に煙を燒き滿ちて、叫んで云く、火を救へ火を救へと。

大衆倶に到る。趙州云く、道ひ得ば即ち門を開かん。衆皆な無對。

南泉鏁子(さす)を將つて窓間より過して師に與ふ。師便ち門を開く。

雪峯、洞山の會下に在つて、飯頭と作る。

米を淘る次で、洞山に問ふ、沙を淘り去つて米か、米を淘り去つて沙か。

雪峯云く、沙米一時に去る。

洞山云く、大衆箇の什麼をか喫せん。

雪峯遂に盆を將つて覆却す。洞山云く、子が因縁に據らば、合に徳山に在るべし。

石霜山慶諸禪師、潙山の法會に抵つて米頭と爲る。

一日、師、米寮内に在つて米を篩(ふる)ふ。

潙山云く、施主物、抛撒すること莫れ。霜云く、抛撒せず。

潙山、地上に於いて一粒を拾得して云く、汝抛撒せずと道ふ、這箇は是れ什麼の處よりか得來る。師、無對。

潙山又云く、這の一粒子を欺くこと莫れ、百千粒は這の一粒より生ず。

師曰く、百千粒は這の一粒より生ず、未審(いぶかし)這の一粒什麼の處より生ず。

潙山、呵呵大笑して方丈に歸る。

晩後上堂して云く、大衆米裏に蟲有り。

灌谿志閑禪師、臨濟に得處の後、臨濟を離れて遊方せし時、未山了然尼の處に到つて、

先づ云く、若し相當らば即ち住せん、然らずんば則ち禪床を推倒せん。乃ち堂内に入る。師、侍者をして問はしむ。上座遊山し來るや、佛法の爲に來るや。

閑云く、佛法に爲に來る。山乃ち陞座し。閑、上參す。

山問ふ、今日什麼の處をか離る。

閑云く、近(ちかご)ろ路口を離る。

山云く、何ぞ蓋却了來せざる。閑、無對。

始めて禮拜して問ふ、如何にあらんか是れ未山。山云く、不露頂。

閑云く、如何にあらんか是れ未山の主。山云く、男女の相に非ず。

閑乃ち喝して云く、何ぞ變じ去らざる。

山云く、是れ神にあらず、是れ鬼にあらず、箇の什麼にか變ぜん。

閑、是に於いて禮拜し、伏膺して作園頭と作ること三載。

閑、住院の後に衆に示して云く、我、臨濟爺爺の處に在りて半杓を得、未山孃孃の處に半杓を得、共に一杓と成して喫し了り、直に如今に至つて飽餉餉たりと。

 

 園頭の一職は最難極苦なり、道心有る者の勤め來れる職なり。道心無き人は、充つべからざるの職なり。常に菜園に在りて、隨時に種栽す。佛面祖面、驢脚馬脚、農夫の如く田夫の如し。終日(ひねもす)鋤鍬を携へて自ら畊し自ら鋤き、屎を擔ひ尿を擔うて生根を怕れず、唯だ熟爛を待つて時を失すべからず。地を鋤き菜を種(う)うる時は、裙褊衫を著けず、袈裟直裰を著けず、只だ白布衫、中衣を著くるのみ。然れども公界の諷經、念誦、上堂、入室等の時は、必ず來つて衆に隨ふ。參ぜざるべからず。菜園に在りては、朝晩に燒香禮拜念誦して、龍天土地に回向し、曾て懈怠せず、夜間には菜園に眠息す。供過人力隨時に替換す。是れ乃ち直歳の差排する所なり。誠に是れ道心の人、大名の人の勤め來れる者なり。小根の輩、不肖の族(やから)は、未だ曾て職に充てられず。先師天童古佛の會に、西蜀の老普は六旬餘の齡にして始めて職に充てらる。一會替らず、將に三箇年ならんとするに、雲水隨喜す。先師深く悦ぶ。若し老普を以て、諸山の長老に比せば、諸山の長老は未だ普園頭に及ばず。

 

蘄州(きんしゅう)五祖山の法演禪師、舒州白雲山の海會守端和尚に依つて、大事を咨決し、深く骨髓に徹す。端、山前に磨頭と作らしむ。

演、逐年磨下に糠麩錢(こうふせん)を收めて、解典出息し、人工を雇ひ及び開供の外、剩錢を常住に入る。

毎に人に端の處に於いて鬪諜(とうちょう)是非せらる。

云く、演は逐日磨下に飮酒し食肉し、及び莊客婦女を養ふと。一院紛紜たり。

演、之れを開き、故意に肉を買ひ酒を沽うて、磨院に懸け及び坏粉を買うて、莊客婦女に與へて搽畫(とかく)せしめ、禪和(ぜんな)の來りて磨院に遊ぶもの有る毎に、演、手を以て婦女と揶揄し語笑して、全く忌み憚(はばか)ること無し。

端、一日喚んで方丈に至らしめ、其の故を問ふに、演、喏喏(だくだく)して他の語無し。端、劈面に之を掌す。演、顏色動ぜず。遂に禮を作して去る。

端、咄して云く、急に退却せよ。

演云く、某(それがし)算計し了らんを候(ま)て、人を請して交割せん。

一日端に白して曰く、某磨下に在つて、沽酒買肉を除くの餘り、剩錢三百千を常住に入ると。

端、大いに驚駭して、方に小人の嫉妬なるを知る。

時に圓通法秀禪師座元たり、四面山の請を受く、即ち演を請して第一座と爲す。

 

 磨下は磨院なり。磨司と稱す。碓米磨麺の局なり。寺邊の五六町、若くは十餘町にして之を建つ。磨院主一人之を請す。演祖の職掌乃ち是れなり。往古は道心の士充て來れり、不肖の者は未だ勤めず。今時は道心の輩得難し。所以に暫く隨分の賢を用ひ、有るに隨ひ無きに隨ふ。世界の唐荒たることを怜(さと)らしむべし。甞て演、古佛の操行を觀るに、古今に比倫無きなり。桃李の色、松柏の操、朔風未だ破らず。霜雪何ぞ侵さん。學道の廉勤應に知るべし。誠信の高節應に慣ふべし。晩進後學、是の如き難を見ると雖も、辨道の志を退くること勿れ。既に拔群昇晋す、盍ぞ賢を見て齊しからんことを思はざる。古徳道心の淺深、之を以て曉(さと)るべし。彌よ高く彌よ堅し。慕はずんばあるべからず。

 

得道以來、苦學節儉の例。

 

臨濟院慧照大師、黄檗山に在りて松を栽うる次で、黄檗問ふ、深山裏に許多の松を栽ゑて什麼とか作す。

師云く、一には山門の與(ため)に境致と作し、二には後人の與に標榜と作さんと。

道ひ了つて钁頭(かくとう)を將つて地を打つこと一兩下す。

黄檗云く、然も是の如くなりと雖も、子も也た吾が三十棒を喫し了れり。

師又、钁頭を以て地を打つこと兩下、嘘嘘す。

黄檗云く、吾が宗、汝に到つて大いに世に興らん。

潙山、前の因縁を擧して仰山に問ふ、黄檗當時祇(ただ)臨濟一人に屬すや、更に人の在る有りや。

仰山云く、有。祇(ただ)是れ年代深遠にして、擧似和尚に擧似せんことを欲せず。

潙山云く、然も如是の如くなりと雖も、吾且つ知らんと要す。汝但だ擧せよ看ん。

仰山云く、一人南を指して、呉越に令を行じ、大風に遇うて即ち止まん。

 

 臨濟、黄檗に在ること二十年。苦學辨道するのみ。或時は松を栽ゑ、或時は杉を栽う。豈に密語密行に非ざらんや。一山の境致、萬古の標榜なる者なり。俗に云く、賢良は徳を忘れず、小人は恩を報ぜずと。況んや佛祖屋裡の兒、須らく法乳の深恩に報ずべき者歟。所謂、報恩とは、松を栽ゑ杉を栽うるなり。粥足り飯足るなり。年代深遠たりと雖も、還て是れ樹を深山に栽うるなり。钁頭打地、已に吾が棒を喫す。吾宗、汝に到つて大いに世に興らん、佛道の津梁を期せんと欲せば、須らく當時の臨濟を慣ふべし。

 

小職たりと雖も妄りに授けざるの例。

 

晦堂(まいどう)、一日黄龍に見ゆ。不豫の色有り。因みに之れを逆問す。

黄龍曰く、監收未だ人を得ず。

堂、遂に感副寺を薦(すす)む。

黄龍曰く、感は尚暴(せはし)し、恐くは小人の爲に謀(はか)られん。

晦堂曰く、化(け)侍者は稍(やや)廉謹(れんきん)なり。

黄龍曰く、謂ふらく、化は廉謹なりと雖も、秀莊主の量有りて而も忠なるに若(し)かず。靈源、甞て晦堂に問ふ、黄龍一監收を用ゐるに、何ぞ過慮すること此(かく)の如くなる。晦堂曰く、國を有(たも)ち家を有つ者、未だ甞て此を本とせずんばあらず。

豈に特(ただ)黄龍のみ然りとせんや。先聖も亦た曾て之れを戒むと。

 

  大潙の秀、雙嶺の化、感鐵面の三人なり。共に是れ天下の知識なり。這般の人、曾て監收、莊主、副寺等に充て來る。今這般の人を求むるは、譬へば飛兎騄耳(ひとりよくじ)を覓めて、以て馬を得んと欲するが如し。今時監寺に充てらるるの輩は、土貎野格等なり。然れども猶當時の賢を用ゆ。黄龍の道を惜み法を惜むが如きんば、妄りに授くべからず。妄りに授けば、失、立(たちどころ)に來らん者歟。

 

知事等、豐屋を事とし高堂大觀を作るべからざる例。

 

五祖山の法演和尚、衆に示して曰く、

師翁初め楊岐山に住す。老屋、敗椽(はいてん)、僅に風雨を蔽ふ。

適(たまたま)冬暮に臨んで、雪霰床に滿ちて、居、處るに遑(いとま)あらず。

衲子、誠を投じて、修造に充らんことを願ふ。

師翁、之れを却(しりぞけ)て曰く、我が佛、言(のたま)ふこと有り。

時、減劫に當つて、高岸深谷、遷變して常ならず。

安んぞ圓滿如意にして自ら稱足を求むることを得ん。

汝等、出家し學道す。做手脚(さしゆきやく)、未だ穩かならず。

已に是れ四五十歳なり。詎(なん)ぞ閑工夫の豐屋を事とする有らんやと。

竟に從はず。

翌日上堂して云く、楊岐乍(はじめ)て住すれば屋壁疎なり。

滿床盡く撒ず雪の珍珠、縮却頃(うなぢ)を縮却して暗に嗟嘘す。

翻つて憶ふ古人樹下の居。

 

 夫れ高堂臺池に搆(かまへ)は、世間、出世同じく誡むる所なり。尸子(しし)に曰く、黄帝の行を觀んと欲せば、合宮に於てし。堯舜の行を觀んと欲せば、總章に於てす。黄帝の明堂は草を以て之れを蓋ふ。名けて合宮と曰ふ。堯舜の明堂は草を以て之れを蓋ふ。名けて總章と曰ふと。之れを以て之れを知る。古(いにしへ)聖賢の君は、宮垣宮屋、崇(たか)うせず。茅茨の蓋剪らず。況んや佛祖の兒孫、誰か豐屋を事とし、朱樓玉殿を經營する者ならんや。一生の光陰、幾(いくばく)ならず、虚しく度ること莫れ。予二十餘年、兩朝を歴觀するに、或は老年、或は壯齡、寸陰を惜まず。土木を經營する者、多くは一世を唐勞し、周章して度を失す。哀しい哉、苦しい哉。白法は抛つが如くにして、黒業は未だ舍(す)てず。若し殘命の稍少たることを覺らば、豈に樹功の高大を貪る者ならんや。演祖の意、唯だ此に在り。

 

監院

 

監院の一職は、院門の諸事を總領す。

官中の應副、及び參辭、謝賀、僧集、行香、相看施主、吉凶、慶弔、借貸、往還、院門の歳計、錢穀の有無、支收出入の準備、逐年受用する齋料の米麥等、時に及んで收買し、幷に醤醋(しやくさく)を造るが如きは、須らく時節に依るべし。

及び打油舂磨等も亦當に心を經(ふ)べし。

衆僧の齋粥は常に勝心を運らし、四來を管待して、輕易すべからず。

冬齋、年齋、解夏齋、結夏齋、炙茄會、端午、七夕、重九、開爐、閉爐、臘八、二月半の如き、是の如上の齋會に、若し監院力有らば、自ら營辨すべし。

力及ばざる所の如きは、即ち人に勾當を請へ。

院門の小事、及び尋常の事例の如きは、即ち一面に處置せよ。

事體の大なる、及び體面の生剏なるが如きは、即ち知事、頭首同共に商量して、然して後に住持人に禀して之れを行へ。

住持人より已下、規矩に合(かな)はず、人情に順ぜざること有るが如きは、大小の諸事、並に宛順に開陳すべし。

緘默(かんもく)して言はざることを得ざれ。

亦、言語麁暴なることを得ざれ。

童行(づんなん)を訓誨するの法は、宜しく方便を以て、預先に處置すべし。

妄りに鞭棰(べんだ)を行ふことを得ざれ。

設(も)し懲戒有らば、當に庫堂に於いてし、衆に對して行遣し、十數下に過ぎずして去るべし。

不虞の事、愼まずんばあるべからず。

行者を發遣し出院するが如きは、須らく十分に過(あやまち)有つて、罪状に責伏せしめ、住持人に禀して之れを遣るべし。

更に決することを須(もち)いずして之れを遣るが如きは、官中の問難を防避すべからず。

街坊化主、莊主、炭頭、醤頭、粥頭、街坊、般若頭、華嚴頭、浴主、水頭、園頭、磨頭、燈頭の類を請するが如きは、應に助益常住に係るべし。

頭首は須らく當に時に及んで住持人に禀して之れを請すべし。

怠慢遲延すべかず。

施主、院に入らば、客位を安排して、如法に迎待せよ。

大齋會を作すが如きは、預前に諸の知事、頭首と商量して、臨時の闕事を致すことを免れ。

監院の體は、當に賢を尊び衆を容るべし。

上(かみ)和し、下(しも)睦じく、同事の大衆を安存して、當に歡心を得はしむべし。

權勢に倚持して、大衆を輕邈(きようぼう)することを得ざれ。

亦、意に任せて事を行ひ、衆をして不安ならしむること得ざれ。

疾病官客に非ずんば、並に當に赴堂すべし。

貴ぶ所は二時行益の行者齊整ならんことを。

庫司の財用闕乏するが如きは、自ら當に力を竭(つく)して謀(はかりごと)を運らすべし。

主人を紊(みだ)し及び大衆に擧似すべからず。

同事の人、才有り徳有るが如きは、應に推揚讃歎すべし。

職事、前(すす)まず及び梵行疑ふべき有るが如きは、當に屏處に密喩し、激昂して自ら新(あらた)ならしめ、法をして久住せしむべし。

大なる故作の過(とが)有りて、院門に害有るが如きは、亦宜しく密に住持人に白して知らしむべし。

自餘の色容衆事は、坐(いな)がらにして視ば成功せんのみ。

 

 監院の職は。爲公(いこう)是れ務む。所謂(いはゆる)爲公とは、私曲無きなり。無私曲とは、稽古慕道なり。慕道は以て道に順ふなり。先づ清規を看て通局を明め、道を以て念と爲して行事せよ。行事に臨む時、必ず諸の知事と商議して、然して後に行事せよ。事、大小と無く、人と商議して乃ち行事するは、則ち爲公なり。商議すと雖も佗語を容れずんば、議せざるに如かず。監院は衆を容るるを務と爲し、安衆是れ期す。然して衆の多きを未だ重しと爲すべからず。衆の少きを未だ輕しと爲すべからず。所以(ゆえ)何(いかん)となれば、調達の五百の衆を誘ふも、果して逆となる。外道の巨多の衆を領ずるも、盡く是れ邪なり。藥山は乃ち古佛なり。不滿十衆の衆を衆とす。趙州も亦た古佛なり。不滿二十衆の衆を衆とす。汾陽は纔に七八衆なるのみ。この頃甞(こころ)みるに倶に是れ佛祖と大龍とは、衆に限り有るに非ず。只だ有道を貴ぶべし。繁衆を務めとすべからず。而今而後(いまよりしてのち)、有道有徳は藥山の下(もと)なり。汾陽の後なり。藥山の家風を貴ぶべし。汾陽の勝躅を慕ふべし。須らく知るべし、縱ひ百千萬衆なりとも、道心無く稽古無きが如きは、蝦蟆(がま)よりも劣れり、蚯蚓(みみず)よりも劣れり。縱ひ七八九衆たりとも、道心有り稽古有るが如きは、龍象よりも勝れ、聖賢よりも勝れたり。所謂道心とは、佛祖の大道を抛撒せず、深く佛祖の大道を護惜するなり。所以に名利抛ち來り、家郷辭し去り、黄金を糞土に比し、聲譽を涕唾に比し、眞を瞞かず、僞に順はず、規繩の曲直を護し、法度の進退に任す。遂に佛祖家常の茶飯を以て、賤價に賣弄せざるは、乃ち道心なり。又、入息不待出息の觀を觀ずるも亦た道心なり、精進なり。稽古とは、祖宗の眼をして專專然として觀ぜしめ、古今の耳をして顒顒(ぎようぎよう)然として聽かしむ。乃至、一切の虚空を剜窟(わんくつ)して以て身を容れ、天下の髑髏を穿過して以て打坐す。拳頭を舒曠(じよこう)して、自ら鼻孔に處す。是を以て霽天(せいてん)を般んで白雲を染め、秋水を運らして明月を濯ふ、稽古と爲すに足れり。是の如きの衆に逢はば、七八衆なりとも大叢林とすべし。所以に十方の諸佛を見たてまつるべくんば、釋迦一佛を見たてまつるべし。是の如くならざる衆は百萬衆なりとも實に叢林に非ざるなり、佛道の衆に非ざるなり。監院は道心の士、稽古の人を見るが如きは、深く敬重顧愛の念を生ぜよ。若し見に經卷知識に遇ふと雖も、三寶に不信不孝の輩、及び道念無く稽古せざる輩は、須らく知るべし魔黨(まとう)なり、闡提(せんだい)なりと。知つて容衆すべからず。佛の言く、不信の人は猶、破瓶の如しと。然あれば則ち佛法を信ぜざる衆生は、更に佛法の器たるべからず。佛の言く、佛法の大海は信を能入と爲す。明かに知る不信の衆生は未だ共に住すべからざる者歟。黄龍の南禪師云く、像季の末、人、憍蕩(きようとう)多し、多虚を愛し少實を憎む。測り知る多虚を愛するは乃ち僞の漸なりと。僧伽難提尊者、衆生の慢を知て、乃ち曰く、雙林に示滅を示してより、八百餘年。人に至信無く正念輕微なり。眞如を敬はず、唯だ神力を愛すと。悲しい哉八百餘年。二千載の内すら、猶至信無く、正念微かなり。況んや今日の弊、當時に比すべからず。四倒何ぞ爲さん。三毒脱し難し。縱ひ才を山野に求むるも、人を叢林に得易からんや。設使(たとひ)眞僞を擇ぶとも、賢路を壅(ふさ)ぐべからず。其の人を見るが如きは、必ず其の人を擧ぐべし。擧ぐれども登らざるは、未だ恨と爲すに足らず。大都(おほよそ)短慮を先とせず、遠慮是れ心術なるのみ。監院は有利を見ても喜ぶべからず。不利に逢うても憂ふべからず。名譽利養は障道の甚だしきなり。所以に往古の在家出家、慕道の人は皆抛ち來る者なり。況んや叢席を一興せん。佛祖の兒孫、豈に名利財産を貪らんや。昔、東京(とんきん)觀音院の巖俊禪師は、投子山大同禪師の門人なり。祖席に遍參し、衡(こう)、盧(ろ)、岷(びん)、蜀(しよく)に歴遊し、嘗て鳳林の深谷を經るとき、欻(たちまち)珍寶を覩る。同侶相ひ顧みて、意(こころ)に將に之れを取らんとす。師曰く、古人園を鋤くとき、黄金に觸れて瓦礫の若くす。待て吾覆頂(ふてん)を營まば、此れを須(もち)ひて四方の僧に供ぜんと。言ひ訖つて捨て去る。須らく知るべし黄金を鋤園に見て、猶瓦礫の如くするは、塵俗の賢路なり。珍寶を深谷に見て、抛捨して去るは、佛祖の先蹤なり。佛祖の命脈を續がん爲には、世俗の利潤に赴くとこ莫れ。所謂、世俗の利潤とは、人天の供養、王臣の歸依なり。之れを不如法に受くべからず。出家に師たらんと庶(こひねが)ふべし。王臣に師たること莫れ。出家を先にし、在家を後にし、僧を重んじ俗を輕んずる所以なり。又、明教禪師曰く、大覺禪師懷璉(えれん)和尚、育王山廣利禪寺に住す。因に二僧、施利を爭うて已まず。主事能く斷ずること莫し。大覺禪師呼び至らしめ、之れを責めて曰く、昔、包公、開封に判たり、民、自ら陳する有り。白金百兩を以て我に寄する者亡せり。今其の家に還すに其の子受けず。望むらくは公、其の子を召して之れを還さんことを。公嘆異して即ち其の子を召して之に語ぐ。其の子辭して曰く、先父の存日、白金を私(ひそかに)佗室に寄すること無しと。二人固く讓ること久し。公已むを得ず、責めて在城の寺觀に附して、冥福を修し、以て亡者に薦せしむ。予、其の事を目覩す。且つ塵勞中の人すら、尚能く財を疎んじ義を慕ふこと此の如し。爾(なんじ)佛弟子と爲つて、廉恥を識らざること是の若きかと。遂に叢林の法に依つて之れを擯す。〈西湖廣記、今は禪門寶訓に載す〉今案ずるに、其の子の之れを受けざるは、何ぞ啻(ただ)財を疎んじ義を慕ふの此の如くなるのみならんや。必ず是れ家を有(たも)ち父を敬ふの概然なり。塵勞中の人の心操と謂ふこと勿れ。宛も乃ち出家學道の髻珠(けいじゆ)なり。漢の疎廣曰く、賢にして財多ければ其の志を損す、愚にして財多ければ其の過を増すと。俗人すら尚是の如し、比丘何ぞ利を貪らんや。賢愚同く多財を制す。先賢の語、千金よりも愛すべし。呂氏春秋に曰く、堯(ぎよう)、許由(きょゆ)を沛澤(はいたく)の中より朝せしめて、天下を夫子に屬せんと請ふ。許由遂に箕山(きざん)の下(ふもと)に之(ゆ)くと。〈音戸〉須らく知るべし、俗人すら猶天下を輕んじ其の道を重んず。況んや佛子にして大利小利を貪るべけんや。己を損し佗を損するを顧みざらんや。佛道を修理する時、利を見て而も蛇の如く、毒の如く、唾の如く、糞の如しとするは、乃ち是れ清廉なり。清規に云く、利の爲に説法せざるや否やと。監院若し人天の或は供衆を欲し、或は起造を欲するに遇はば、先づ應に子細に檀那の正信不信、清淨不淨を檢點し、住持人に禀して倶に商量すべし。若し淨信と正見とを決定せば、即ち之れを聽許せよ。未だ然らずんば許すこと莫れ。所謂、正信とは、須達(しゆだつ)長者も信心、祇陀(ぎだ)太子の仁義の如き者是れなり。須達の須達たるや、未だ大富の爲にあらず。祇陀の祇陀たるや、實に是れ清貧なり。正信に依つて如來の聽許を被れり。或は生前未だ三寶を信ぜずと雖も、命終に臨む時、小功徳を修せば早く須らく聽許すべし。増一阿含第三に云く、佛、給孤(ぎゆつこ)に在(いま)して、諸の比丘に告げたまふ、應當に檀越施主を恭敬すること、父母に孝順して之れを養ひ、之れを侍するが如くすべし。施主は能く戒定智慧を成じ、饒益する所多し。三寶の中に於いて、罣礙する所無し。能く四事を施すが故に、諸の比丘當に檀越に慈心有るべし。小恩すら尚忘れず。何に況んや大なる者に於いてや。應に三業精勤にして、彼の施主をして福唐捐せず。終に大果を獲て、名稱流布し、亦迷者の指示路を得るが如し。亦、怖者に無憂畏を與へ、歸(おもむき)無きに覆を與へ、乏しき者に糧を與へ、盲者に眼を得せしむるが如くならしむべしと。然あれば則ち檀越施主を恭敬し、檀越施主に慈心あるは、既に是れ如來世尊の教勅なり。小因なりと雖も大果を感ずるは、唯だ三寶の福田のみ。龍樹祖師の云く、小善能く大果を作すと。佛果を求むるが如き、一偈を讃歎し、一南謨を稱し、一捻香を燒き、一華を奉獻(ぶごん)す。是の如き小行、必ず作佛を得と。捴て僧食は、須らく四邪五邪を離るべし。寺院の僧食も亦復是の如し。監院と住持と須らく明かに鑒察すべし。

所謂、四邪とは、

一には方邪、國の使命を通ずるを謂ふ。二には維邪、醫方卜相を謂ふ。三には仰邪、星宿、日月を仰觀する術數等を謂ふ。四には下邪、種種の植根五穀等を謂ふ。以前の四邪食、亦四口食と名く。亦四不淨食と曰ふ。食ふべからず。

五邪とは、

一者には利養の爲の故に、奇特の相を現ず。二には利養の爲の故に、自ら功徳を説く。三には吉凶を卜相し人の爲に説法す。四には高聲に威を現じ人をして畏敬せしむ。五には得る所の供養を説いて以て人心を動かす。

上來、五邪の因縁の所得食も亦食ふべからず。佛弟子善知識、早く五邪を離るるを方に正命と爲す。清規に云く、常住を侵損せざるや否やと。言(いふこころ)は常住を侵損せざるとは、四邪五邪の從來する所を容れざるなり。四邪五邪を食する者は正見を得難き所以なればなり。監院切に忌む。無道心の輩(ともがら)を友とし、不稽古の族(やから)と交はることを。是の如き人に親厚する者は、障道退道、立(たちどころ)にして速に至る。道心有る人は、乃ち佛道の君子なり。無道心の人は、乃ち佛道の小人なり。莊子曰く、

天下盡く殉なり。彼の其の殉ずる所仁義なれば、則ち俗之れを君子と謂ひ、其の殉ずる所貨財なれば、則ち俗之れを小人と謂ふと。沉休文(しんきゆうぶん)曰く、夫れ君子小人は、物に類するの稱なり。道を蹈めば則ち君子と爲り、之れに違へば則ち小人と爲る。佛道も亦然り。窮達須らく道心に酬ゆべきなり。然あれば乃ち道心の先言往行を聞いて、以て今日の胸襟眼睛と爲さん者なり。監院は禮法を修理して、以て威儀の陵夷(りようい)を興隆す。清規に云く、外、法令に遵ひ、内、規繩を守れと。佛祖の嘉會、知識の叢林なり。法度儼然として、禮儀云(ここ)に存す。禮若し陳せずんば、道乃ち荒唐ならん。所謂、禮陳せずとは非禮を禮とし、道荒唐なるとは、非道を道とするなり。後漢の成縉(せいしん)、南陽の大守と爲り、但だ坐して嘯(うそぶ)くのみ。三年にして成ること有り。是れ則ち塵俗の化たりと雖も世の希夷(けい)なり。須らく知るべし、成と大成と有るは、言と不言と、務と不務とに拘(かかは)ざることを。此れ務の最好なる者歟。所謂、最好とは、理に非ずんば行はざるなり。漢書に成帝曰く、天、衆民を生ず、相治すること能はず。之れが爲に君を立てて、以て之れを統理すと。佛寺も亦同じ。雲衆水衆自ら治むること能はず。之れが爲に粥飯頭を立てて、以て之れを統理す。墨子曰く、古は天の義に同じうす。是の故に賢者を選擇して、立てて天子と爲す。天子は其の知力未だ獨り天下を治むるに足らずと爲すを以て、是の故に其の次を選擇して、立てて三公と爲す。今案ずるに佛佛相授し、祖祖正傳して、賓主を立て、師資を拜す。此の言に符合する者歟。清規に云く、一日暫く賓主と爲るも、終身便ち是れ師資たらんとすと。乃ち之の意なり。監院は十方雲水の面(おもて)を見る毎に、先づ内心應に喜躍歡悦すべし。清規に云く、衆を容るるの量寛からず、衆を愛するの心厚からざるは、監院の衆を護する所以に非ずと。佛、阿難に告げたまはく、菩薩摩訶薩は共に住して相視ること、當に世尊の如くすべし。何を以ての故に、是れ我が眞の伴なればなり。共に一船に乘るが如く、彼が學は我が學なりと。然あれば則ち寺院の住持、知事、諸頭首、及び雲水は應當に共住相視、當に世尊の如くすべしの佛語を流通すべし。解脱の要路、此より先なるは無し。監院は須らく新至の雲水に教ゆべし。三千威儀經云く、當に十事を以て新至の比丘を待すべし。一には當に房を辟(ひら)き與ふべし。二には當に所須を給すべし。三には當に朝暮に往いて問訊すべし。四には當に國土の習俗を語るべし。五には當に諱(いなみ)を避けよと教ゆべし。六には當に乞匈(こつがい)の處を語るべし。七には當に僧の教令を語るべし。八には當に某を食すべしと語るべし。九には當に縣官の禁忌を語るべし。十には當に賊盜には某の許に逃るべし、某の許へは逃るべからずと語るべし。又云く、若し檀越來つて飯を作さんと欲すと言はんに、未だ所有を見ずして、即ち人に對して説くことを得ざれと。又云く、人をして市買せしむるに五事有り。一者には當に人と諍ふこと莫らしむべし。二には當に淨き者を買はしむべし。三には人を侵さしむること莫れ。四には人を走役すること得ざれ。五には當に人の意を護すべしと。監院は淨人人工をして市買せしむるに、先づ當に佗に向つて子細に説いて、然る後に乃ち使ひせしむべし。清規に云ふ所の端午七夕等の齋は、佛祖の家風たりと雖も、猶恐らくは世俗の禮節ならん。深山幽谷、柴戸茅堂(さいこぼうどう)ならんに、誰か辨備するに堪ふる者ならんや。但專ら供衆安衆を營んで、衆の過咎(かきゆう)を見るべからざるは、乃ち監院の心術なる者なり。今日本國は遠島の深邃(じんすい)なり。佛生國を去ること、遙に十一萬餘里を隔て、佛滅度より後、將に二千二百年ならんとす。聖を去る時遠し、實に悲しむべしと雖も、僧を見、法を聽くは最も慶びと爲す。自己の精勤を隨喜し、祖宗の恩徳に報謝せんには、法演の高行、若(かくのごとく)演説し、法遠の心術、是れ遠慮なるのみ。

 

維那

 

梵語には維那、此に悦衆と云ふ。凡そ僧中の事、並に之れを主(つかさど)る。

衆中新到の掛搭は、禮須らく勤重なるべし。

諸方の辨事及び名徳の人は、別に上寮を選んで安排せよ。

退院の長老は須らく住持の帖、及び開堂の疏の内の資次に依つて、堂内の三板頭に於いて齋粥の座位を安排すべし。

諸方の名徳の如きも亦同類の戒臘に依つて、三板頭の次位に於いて堂中に安排せよ。

冬夏、氈席(せんせき)及び凉簾暖簾を替換し、掛帳し下帳し、開爐し閉爐せよ。

結夏戒臘牌は、須らく預前に打疊(たじよう)すべし。

堂内の香燈を處置し、堂前の供器を客前に洒掃することは、並に常に聖僧侍者に提擧せよ。堂司幷に供頭行者は、寮舍の門戸牕牖(そうゆう)、按位床帳、動用の什物を備辨して、

常に須らく照管して整齊にすべし。

如し闕少有らば、庫司及び直歳に聞して添換せよ。

延壽堂病僧の粥飯、床帳、使令行者の類は、並に當に堂主と同共に照管して、病人をして所を失せしむること無かるべし。

院中、諸の頭首、堂頭侍者、延壽堂主、爐頭、衆寮の寮主、首座、殿主の如きは、並に維那の請する所なり。

殿閣内の錢物浩汗たるが如きは、即ち堂頭之れを請す。

規矩を犯すが如きは、大なる者は堂頭に禀して出衆せしめ、小なる者は但移寮せしめよ。喧爭有るが如きは、且く禮を盡して和會せよ。

兩爭人伏せざるが如きは、然る後に規矩に依つて行遣せよ。

如し衆中の遺失は、彼の被主堅く搜檢を要せば、即ち衆に白して搜寮せよ。

搜檢せんに見えざるが如きは、則ち被主、衆を出でよ。或は移寮せよ。

失物、多からざるが如きは、即ち被主を和會して休せしめ、衆を喧(さわが)し及び叢林を鈍滯することを免かれよ。

聖僧錢は只宜しく香燈供具を買置すべし。別處に使用することを得ざれ。

筒を開いて錢を取るが如きは、堂司に入れて收掌し、即ち聖僧侍者と同じく、簿に上せて支破せよ。

大僧帳に係るが如きは、須らく官中の指揮を候つて告報し、然して後に榜を出して曉示すべし。脚色を取らば祠部に驗せよ。

日來の體例に依つて、供帳の錢物を收めよ。

繳判公憑(きようはんこうきよう)の如きは、庫司に係ると雖も一面に行遣せよ。

維那司事を經由するが若きは、更に詳審に允當せよ。

掛搭僧人の祠部の公憑は、並に須らく眞僞を相驗して、鹵莽(ろぼう)なるを得ざるべし。

僧病の如きは官に申す。亡僧を津送(しんそう)するに及んでは、衣物を估唱(こしよう)す。

亡僧の度牒を繳納するに、或は紫衣師號の文牒等は並に維那專切に管勾して、庫司に報じて官に申せ。

公憑及び亡僧の度牒を繳納(きょうどう)するに、官中の條限に過ぐることを得ざれ。

讀疏白槌は並に須らく詳審にして施主をして善を生ぜしむべし。

新到の茶湯特爲に、禮を闕くことを得ざれ。

及び新到の戒臘を將つて、侍者、知事、頭首に報ぜよ。

及び本寮に掛搭せんには、戒臘の次第を知らんことを貴ぶ。〈新到某は上に坐し、某の新戒は其下に在り〉

應に衆寮をして各(おのおの)入寮の牌、臘次の牌、各一面を造つて、時を逐うて抽添(ちゆうてん)せしむべし。

貴ぶ所は煎點の坐位、及び寮主の前後、各差悞(しやご)して衆を動ずる無からんことを。

普請には、寮主と直堂とを除いて、並に須らく齊しく赴くべし。 

住持人も疾病官客を除きて、輒(たやす)く赴かざる者は、侍者、衆を出でよ。 

 

   維那の職、華には悦衆(えつしゆ)と云ふ。目連尊者の蹤躅たりと雖も、宛も是れ諸佛如來の威儀なり。所謂、方來を顧愛して、雲水を慈育し、衆心を自心と爲し、道念を自念と爲す。能く其の親を親とし、能く其の子を子とする所以なり。若し是の如くなれば、廼(すなはち)是れ巨川の舟楫(しゆうしゆう)、大旱(たいかん)の霖雨なり。三千威儀經に云く、七事有りて以て新至の比丘を待す。一には來至せば即ち當に消息を問ふべし。二には當に坐の上下を次することを爲すべし。三には當に空房室を給與すべし。四には當に臥具被枕を給すべし。五には當に燈火を給與すべし。六には當に比丘僧の教令を語るべし。七には當に國土の習俗を語るべしと。然れば則ち若し新至の比丘を見ば、先づ道具の有無を問ひ、次に郷里の遠近を問ひ、次に本師の存不を問ひ、次に先に某の處に到るかと問へ。然して後、如法に安排せよ。

 

典座

 

典座の職は、大衆の齋粥を主る。

須らく道心を運らし時に隨つて改變し、大衆をして受用安樂ならしむべし。

亦、常住の齋料を抂費することを得ざれ。

及び厨中を點檢して、亂りに抛撒(ほうさつ)すること有ることを得ざれ。

局次の行者を選揀して、能者を之れに當てよ。

行令、太(はなは)だ嚴なることを得ざれ。嚴なれば則ち衆を擾(みだ)る。

太だ緩なるべからず、緩なれば則ち職を失す。

造食の時、須らく親しく自ら照管して、自然に精潔にすべし。

物料幷に齋粥の味數を打するが如きは、並に預先(まづ)庫司知事と商量せよ。

醤醋(しようそ)淹藏(えんぞう)收菜の類の如きは、並に是れ典座專管せよ。

時を失することを得ざれ。常に切に提擧し火燭して、時に依つて俵散し、利務を同じうして均平ならんことを要す。

監院、直歳、庫司の所管に係るべきが如きは、同共に商量せば即ち可なり。

並に須らく權を侵し職を亂すべからず。

厨中の竈釜(そうふ)什物、故舊損壞するが如きは、則ち逐施抽換し添補せよ。

行者を教訓して、規矩に務め循(したが)はしめよ。

堂中の行益、諸寮の供過の如きは、並に須らく種種教詔して其をして通曉せしむべし。

及び師宿を見ば、須らく問訊し側立すべし。

靈利の行者を擇んで、堂頭、知事、頭首等の處の供過に準備せよ。

常に諸寮の行者を覺察して、頑鈍にして供過の前(すす)まざること有らんことを慮(おもんはか)れ。

知事、頭首再び行者を留むるが如きは、即ち當に宜(よろし)きを權(はか)りて隨順すべし。堅要に輪撥すべからず。典座は厨中に係つて粥飯を喫す。

食する所衆に異なることを得ざれ。

二時の食辨じて、先づ僧堂を望んで、香を焚き禮拜し訖つて、然る後、發食せよ。

 

  禪苑清規に云く、衆僧を供養す、故に典座有りと。古より道心の師僧、充て來るの職なり。不肖の族は未だ曾て職に居らず。昔日、大潙、夾山、無著、漸源等の宗師勤め來れり。供養衆僧とは、禪苑清規に云く、僧は凡聖と無く十方に通會すと。然れば則ち十方の雲衆水衆、叢林の是れ凡、是れ聖、等しく供養して理すること精豐なる合し。典座の打得する齋粥の物料は、一粒米、一莖菜、是れ典座手裏の感得なり。是れ典座拳頭の功徳なり。之れを調へて以て佛祖に齋し、之れを調へて以て雲水に供す。肉眼を以て其の所生を見るべからず。凡慮を以て其の所有を測るべからず。天帝の福徳、輪王の福徳も、未だ典座の福徳に勝らず。典座の打得する所の米菜は、過現當(かげんとう)の出生する所に非ずと雖も、宛も天地人の從來する所に非ず。擧手の處に得、拈得の處に親し。然あれば則ち典座は、道を以て道を供養する職なり。心を以て心を供養する時なり。所以に毎時に衆に供ず。故に禪苑清規に云く、成道の爲の故に、方に此の食を受くるは、典座に報ずる所以なりと。所謂、施者、受者、一等に成道す。故に此の食を受くるなり。受者をして諸非を離れしむるは、典座所造の食より善きは無し。所以に如來、摩訶迦葉に僧中の食を受けよと許したまふ。乞食(こつじき)は尚障道の例、間(まま)之れ有る歟。測り知る、佛祖寺院の齋粥は、僧中最上の食なり。乞食の徳に等うする所以なりと。齋粥を料理するには、翌日齋粥の料を打得して、之れを護惜すること眼睛の如くせよ。保寧寺仁勇禪師曰く、眼睛なる常住物を護惜せよと。今案ずるに常住物を護惜すること、猶眼睛に勝れり。眼睛は曾つて婆羅門に與へて而も退大す。常住物は未だ外道に與ふべからず。所以に退道すべからざるなり。敬重すること猶御饌の法の如くせよ。料理の間、鹽梅油醤等、喫試すべからず。甞試すべからず。三寶を供養する食の法なり。米を喚び菜を喚ぶ等は、又尊崇の言を以て之れを喚べ。輒(たやすく)するなること莫れ、疎なること莫れ。麁惡の語、雜穢の語、戲論の語を以て、而して米菜飯羹等を罵詈(めり)すべからず。禪苑清規に云く、物料幷に齋粥の味數を打するが如きは、幷に預先(まづ)庫司知事と商量せよと。典座自意に任せて行ずべからず。先づ預め知事と商議すべきなり。議定再三叮嚀にして、倉卒なるべからず。諸の知事私意に任せて定むべからず。但だ公心道心を專らにして商議せよ。既に議定し了らば、方丈、衆寮、頤堂(いどう)、前資勤舊等の諸堂の嚴淨牌に書呈せよ。童行をして之れを書せしむ。齋粥の味數は、分曉に之れを顯(あらは)せ。然して後、明朝煮粥の務を料理す。米を淘り菜を擇ぶ等、自ら手づから親しく見て、精勤誠心にして作せ。一念も疎怠緩慢にして、一事をば管看し、一事をば管看せざるべからず。所以は何ん。善根山上、一塵も也た積むべく、功徳海中、一滴も也た讓ること莫れ。三千威儀經に云く、人をして米を擇ばしむるに五事有り。一には當に自ら量つて多少を視るべし。二には草有ることを得ざれ。三には鼠屎を擇び去れ。四には糠有らしむることを得ざれ。五には淨地に向へと。禪苑清規に云く、六味精(くはし)からず。三徳給(そなは)らざるは、典座の衆に奉する所以に非ずと。六味とは、一に苦(にがし)。二に醋(すし)。三に甘(あまし)。四に辛(からし)。五に鹹(しおからし)。六に淡(あはし)。三徳とは、大經に云く、一に輕軟、二に淨潔、三に如法作なり。次に米を淘り沙を淘り、米を看沙を看るに、審細如法にせよ。雪峰曾て洞山に在つて典座と作る。一日米を淘る次で、洞山問ふ。沙を淘り去つて米か、米を淘り去つて沙か。雪峰云く、沙米一時に去る。洞山云く、大衆箇の什麼をか喫せん。雪峰盆を覆却す。洞山云く、子(なんじ)佗後別に人に見(まみ)え去ること在らんと。上古有道の古佛、猶自ら手づから精勤して彌(いよいよ)勤む。後來晩進の庸流(ようる)、豈に徒らに緩怠慢怠なる者ならんや。若し其れ如法に精勤せば、及ち是れ今日の有道ならん歟。先づ釜を澡(あら)うて以て齋粥の料物を容れ、手づから自ら照顧して須らく清淨ならしむべし。三千威儀經に云く、人をして米を洮(あら)はしむるに五事有り。一には當に堅器を用ゆべし。二には淨水を用ゆ。三には五たびして水を易へて淨からしむ。四には内(い)れて屏處に著く。五には上を覆うて密ならしむ。禪苑清規に云く、造食の時、須らく親しく自ら照顧し、自然に精潔にすべしと。既に米菜等を以て、竈釜に容れ訖つて、心を留めて護持せよ。老鼠等をして觸著し、並に諸色の人をして見觸せしむること莫れ。縱ひ行者人工等を差して照顧せしむるとも、典座猶自ら護すべし。三千威儀經に云く、釜を澡ふに五事有り。一には汁を持して大いに釜底を衝くことを得ざれ。二には當に蓋器をして汚水を受けて之れを出し棄てしむべし。三には當に水を滿たすべし。四には木蓋を淨澡して上に覆へ。五には日暮に之れを覆うて堅からしめよ。今日齋時の所用の調度は須らく打併すべし。所謂、飯桶、羹桶、諸般の盤器、調度什物、淨潔に洗拭し、高處に安(お)く者は高處に安き、低處に安く者は低處に安く。高處は高平に、低處は低平に。木杓、鐵杓、竹筴(ちくきよう)等の類、一齊に打併して、眞心に護惜し、輕手に收放せよ。又明日の齋料を料理せよ。先づ米裏に蟲有りや無きやを擇び、緑豆を擇び去り、糟糠を除き去り、草砂同じく去つて、精誠に擇び了り、淨地に内在し、其の處に窖在(こうざい)し、次に明齋の羹菜等を擇べ。三千威儀經に云く、菜を擇ぶに五事有り。一には當に根を去るべし。二には當に等ならしむべし。三には青黄をして合せしむることを得ざれ。四には當に澡ひ淨からしむべし。五には皆當に火に向はしむべし。之れを知つて乃ち布き用ふることを得と。米を擇び菜を擇ぶ等の時、行者諷經して竈公に回向せよ。所謂、諷經とは、安樂行品、金剛般若、普門品、楞嚴呪、大悲呪、金光明空品、永嘉證道歌、大潙警策、三祖信心銘等なり。隨宜に諷經して、竈公に回向するなり。回向に云く、上來 某 經を諷誦す。又云く、上來諷誦する功徳は、當山竈公眞宰に回向す、法を護し人を安んぜんことを。十方三世一切諸佛、諸尊菩薩摩訶薩、摩訶般若波羅蜜。堪能の行者を請して、諷經頭と作す。行者、米を擇び菜を擇ぶ等の處には、典座親しく臨んで之れを照顧せよ。典座、庫司に就いて打する物料は、多少を論ぜず。麁細を管せず。但是れ精誠に辨備するのみ。切に忌む、色を作して口に物料の多少を説くことを。終日竟夜(ひねもすよもすがら)、精勤に辨道す。粥を煮、飯を蒸し、羹を作り菜を理する等の時、典座、諸處を離るること莫れ。明眼に親しく見て一粒を費さざれ、一莖を壞(やぶ)らざれ。三千威儀經に云く、羹(こう)を作るに五事有り。一には當に次(ついで)の如く物を内れしむべし。二には當に熟せしむべし。三には味をして調適せしめよ。四には當に自ら視て淨潔ならしむべし。五には已に熟せば當に下の火を去(ひ)いて之れを覆ふべしと。飯を蒸し羹を作るに、或は行者を使ふ、或は人工を使つて佗をして火を燃さしめよ。三千威儀經に云く、竈を燃すに五事有り。一には火を燃すに薪を横たふることを得ざれ。二には生薪を燃すことを得ざれ。三には釜に燃すに薪を倒逆することを得ざれ。四には自ら口を以て火を吹き燃すことを得ざれ。五には熱湯を持つて火に澆(そそ)いで滅(け)すことを得ざれと。飯を蒸し了りて、羹を熟し了りて、便ち飯籮裏(はんらり)に收め、便ち羹桶裡に收め、檯盤上に安いて、而して如法に物色の由來を尊崇せば、佛に見(まみ)え祖に見え、大潙に撞著し、石霜に磕著(かつじやく)せんのみ。夫れ一莖草を拈じて、寶王刹を建て、一微塵を拈じて大法輪を轉ず。所以に桶裏、水鉢、裏飯を得る。宛も是れ食輪轉じ法輪轉ずるなり。檯盤上に安じて之れを尊崇して後、時至つて香を焚き、飯羹檯盤に向ひ、及び僧堂を望んで、坐具を展べて九拜し了り、坐具を收めて問訊し、叉手して立てば、乃ち木魚を打す。食を發する時、飯羹を望み問訊して食を送るなり。典座、飯羹の後に隨つて堂に赴く。若し齋會稍(やや)大ならば、典座も亦行者と共に行益す。行益の時は袈裟を搭けず、絆を著けて僧堂に到るなり。尋常の齋粥には、必ず然るべからず。典座の辨食は、麁(そ)に向ふと雖も未だ怠慢を生ぜず、細に逢ふと雖も彌(いよいよ)精進有り。所以に一日夜の勤任を遂ぐることを得ば、乃ち應に一日夜の功徳を隨喜すべし。大師釋尊の哀愍聽許を蒙るに非ざるよりは、澆季(ぎようき)の遠方、爭(いかで)か一日の僧齋を辨備する者ならんや。況んや既に如法の道術を傳聞するをや。若し三寶の徳海に朝宗せずんば、爭か是の如くなるを得んや。何に況んや、一職一年をや。時と與(とも)に自己の功徳を隨喜せよ。自己の功徳を隨喜するは、即ち諸佛の有らゆる功徳を隨喜するなり。諸佛の光明、典座に照臨するを隨喜するなり。齋僧の法は、敬重を宗とすとの先言、常に應に其の心を措くべし。典座庫堂に入る、子細に詳參せよ。

 

直歳

 

直歳の職、凡そ院中に係る作務は並に之れを主(つかさど)る。

院門の修造を爲す所は、寮舍、門窓、牆壁(しようへき)、動用の什物、時を逐うて修換し嚴飾せよ。

及び碾磨(てんま)、田園、莊舍、油房、後槽、鞍馬、般車、掃洒、栽種を提擧せよ。

山門を巡護し、賊盜を防警し、人工を差遣し、莊客を輪撥す。

並に宜しく公心にして勤力し、時を知り宜しきを別つべし。

大修造、大作務有るが如きは、並に住持人に禀して矩劃(くかく)し、及び同事と商議せよ。

專ら己見を用ゆることを得ざれ。

 

 直歳と諸知事とは、齊しく庫院に在り。然れども常に應に直歳司(しつすいす)に在つて、而して人工等の所作の成否を照顧すべし。直歳司は、寺門の内に立つと雖も、東廓の外に當つて之れを置き、斧聲(ふせい)をして僧堂、法堂、方丈、庫院等に及ばざしむ。三千威儀經に云く、人をして薪を破らしむるに五事有り。一には道に當ること莫れ。二には先づ斧の柄を視て堅からしめよ。三には青草有る薪を破らしむることを得ざれ。四には妄りに搭材を破ることを得ざれ。五には積んで燥處に著けと。諸寺、漏刻を直歳司に置き、人工兩人之れを知(つかさど)る。直歳は山門を巡護し、彌よ謹み彌よ節して、懈怠すべからず。什物を修換し、乃ち嚴に乃ち飾せよ。百姓の爲、火客の爲、公を以て心と爲し、私を以て心とする莫れ。清規に云く、衆僧の爲に作務す、故に直歳有りと。然れば則ち衆僧未だ告げずと雖も、若し舊損の者有れば、直歳須らく之れを修換すべし。清規に云く、僧房に安處し、什物を護惜するは、直歳に報ずる所以なりと。清規に云く、居處受用、後人を思はざるは、直歳に報ずる所以に非ずと。然れば則ち直歳の務は衆僧の務なり。衆僧の報は直歳の報なり。豈に是れ世諦の流布のみならんや。豈に是れ途中の受用のみならんや。

前來の數條は、皆是れ古佛の巴鼻、先聖の眼睛なり。

亙古亙今(ごうこごうこん)に不便なるべからず。學道證道に不合なるべからず。

若し股肱(ここう)に孤(そむ)かば、必ず頂■(寧頁)に負(そむ)かん。

何の面目の在る有つてか、佛祖と相見せんや。

 

 于時寛元丙午夏六月十五日

  越宇永平開闢沙門道元撰

 

 永平寺知事清規 

 



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